乳酸菌飲料の「カルピス」が外国では、まったく違う名前で販売されていることは、ご存じでしょうか? 外国では「カルピコ」という名前で販売されています。なぜ名前を変えるのか、英語が得意な人なら今頃ニヤニヤされていると思いますが「カルピス」という発音が英語圏では「Cow Piss(牛のおしっこ)」という意味になってしまうのです。
このように、商品が文化が違う別の地域で販売されるとき、少しネーミングが違ったり、内容が変更されていたりすることがある、ということは、皆さんなんとなくお気づきだと思います。しかし、この現象に「グローカリゼーション」という名前がついていて、専門的に研究されている学問であるというのはあまり知られていません。
今回の記事では、この「グローカリゼーション」について、研究されることになった背景を交えながら、身近な生活の中にある「えっ、これもそうだったの?」という事例を紹介していきたいと思います。
グローカリゼーションとは?
グローカリゼーションとは、世界で通用するモノやサービスを展開しながら、地方や地域(ローカル)のニーズに合わせて商品やサービスを提供することです。
また、グローカリゼーションという言葉は、「グローバリゼーション」と「ローカリゼーション」の2つの言葉から作られた造語でもあります。
グローバリゼーション
「グローバリゼーション」という言葉は、みなさんもよく耳にすることがあると思います。グローバリゼーションは、グローバル化と言い換えることもでき、国や地域という境界を超えて、地球規模で様々な変化を引き起こす現象のことを指しています。
ローカリゼーション(ローカライゼーション)
グローバリゼーションに比べると、あまり馴染みのない言葉かもしれませんが、ローカリゼーション(ローカライゼーション)とは局地化や地域化という意味があります。
分かりやすい例でいうと、日本では2019年7月に公開された新海誠監督によるアニメーション映画「天気の子」が話題になりました。「天気の子」はその人気っぷりから、日本だけでなくオーストラリアやマレーシアなどの海外でも上映されています。映画を海外で上映する際には、その国の言葉や文化に合わせて「翻訳」する必要があります。
これはあくまで映画での一例ですが、このように映画であれば上映される地域の人を考慮して、改良や変更が加えられることを「ローカリゼーション(ローカライゼーション)」と言います。
グローカリゼーションの歴史と背景
グローカリゼーションという言葉は、1980年代のはじめに海外進出した日本企業が使用していた業界用語に起源があると言われています。当時の日本企業は、進出先(ローカル)のニーズに合わせて製品やサービスの仕様を変更する「現地化戦略」を行なっており、 「グローバルローカリゼーション」と呼ばれていました。それが後に「グローカリゼーション」という言葉に改められました。
グローカリゼーションが多様性をもたらした
いまや、ビジネスの場面だけでなく、私生活などの仕事以外の部分でもグローカリゼーションという言葉が使用されるようになりました。イギリスの社会学者であり、グローバル化研究の世界的権威でもあるローランド・ロバートソン教授は、「グローカリゼーション」の概念の提唱者としても広く知られています。
以前は、グローバリゼーションとローカリゼーションはそれぞれ別々に作用するものであると考えられていましたが、彼はグローカリゼーション(グローカル化)という言葉を用いることで、それらが相互に作用していることを示しました。
このようにして「グローカリゼーション」という言葉が作られ、それの概念が一般にも広く浸透するようになったことで、グローバルとローカルが入り混じった多様な社会が形成されてきました。
グローカリゼーションが持つ懸念
グローカリゼーション(グローカル化)は、グローバルとローカルのどちらも包括した言葉のように感じますが、その言葉には「ある懸念」が存在しています。
グローカル研究所の上杉氏によると、グローカリゼーションの定義では、グローバルが優位で、ローカルが劣位という力の不均衡が前提にあるそうです。先進国であるアメリカや日本などのグローバル大都市で社会的、あるいは文化的なイノベーションが起こり、それらの国を起点として他のローカルな国や地域に浸透していく構図が出来上がっています。いつでも、地域(ローカル)は受動的であることが暗黙の了解となっているのです。
社会と文化におけるグローカリゼーション
先述したような懸念がある一方で、グローカリゼーションという概念は社会や文化の発展に大きく貢献してきました。
社会からみるグローカリゼーション
海外展開を志すある国の企業がこれまでのルールや文化などを変えずに、海外展開をした場合、そのルールや文化などが進出先の国や地域ですべて受け入れられるとは限りません。なぜなら、文化や宗教、言語のちがいがあるからです。
たとえば、日本の企業がマレーシアに進出したことを考えてみてください。
日本では、法律で決められている8時間は最低でも仕事をしなければいけません。一方のマレーシアは宗教上、1日に何度もお祈りをします。それがたとえ、就業時間内であったとしても仕事をしている手を止めてお祈りをします。
日本の企業がマレーシアで事業を展開する場合は、そういった宗教や文化を考慮した働き方を考える必要があります。
これを実行するためには、今の状態を変えずに海外進出するグローバリゼーションだけでなく、進出先の国の文化や宗教などの事情に合わせるローカリゼーションの2つの考え方をもっている必要があります。その2つを可能にするのが、まさにグローカリゼーションの考え方です。
文化からみるグローカリゼーション
テクノロジーが発展し、社会が大きく変化する中では、いくら私たちがグローバル化を拒否しようともどんどんとグローバル化の波は進行してきます。文化的な面から見ても同様で、そうした時にこそ、ローカル化が含まれたグローカリゼーションという考え方が役に立ちます。
たとえば、「着物」という言葉は、日本語の発音「Kimono」として世界中に知れ渡っていますし、日本の着物文化は海外でも尊重されています。
このように、多様化している社会では多くのヒトやモノが頻繁に出入りします。これまでは、グローバリゼーションは先進国が主導することから、ローカルな発展途上国はそこに太刀打ちできませんでしたが、グローカリゼーションという言葉が広く知れ渡るなかで、ローカルを尊重することの重要性を学びながら、現在のような国際社会に発展してきました。
グローカリゼーションの4つの具体例
ここでは、4つのグローカリゼーションの事例について述べていきたいと思います。
グローカリゼーションの事例①:マクドナルド
マクドナルドはグローカリゼーションの典型的な一例です。
たとえば、海外に行くと日本では売られているはずの「てりやきマックバーガー」はありません。実はこれ、日本ならではのローカルな味なのです。世界中で食べられているマクドナルドは、国によって値段も違えば、サイズも違い、メニューも違います。このようにマクドナルドは、グローバルに事業を展開しながらも、その国のカルチャーに合わせて適切にローカル化を行なっているからこそ、世界中で愛されるファーストフード店となっているのだと思います。
グローカリゼーションの事例②:タピオカミルクティー
台湾発祥のタピオカミルクティーが日本でブームになっていることは多くの方がご存じだと思います。台湾に本店を持つ専門店が続々と日本進出を果たし、そこには常に購入待ちの長い列ができています。採茶房(サイサボウ)という専門店では、日本向けにリニューアルしたメニューを提供しています。もちろん、本場と同じサービスを提供している店舗もありますが、日本人向けにアレンジしている店舗が人気上位になっている印象があります。
グローカリゼーションの事例③:WeWork
コワーキングスペースを提供するWeWorkはタピオカミルクティーやマクドナルドの事例とは対照的に、ローカルな文化をグローバル化しようとしている一例です。
日本は、文化的に伝統を重んじて変化を嫌う傾向にあり、企業も例外ではありません。アメリカに本社を置いているWeWorkはそんな伝統的過ぎる日本に、新しい働き方という「変化」を提供しています。
実際に、日本もこれまでの保守的(ローカルな文化)な考えから、働き方改革などを通して変化(グローバル化)を試みており、そこに目をつけた事例です。
グローカリゼーションの事例④:ネスカフェバリスタ
インスタントコーヒーやキットカットなどで知られるネスレは、商品だけでなく、ビジネスモデルまでローカル化した企業です。
その代表的な商品が、ネスカフェバリスタと呼ばれている家庭でも本格的なコーヒーが作れるコーヒーマシンです。日本では元来、家庭で飲むコーヒーはインスタントかレギュラーコーヒーだけでしたが、ネスレはそこにカフェで飲めるようなコーヒーを提供することを考えました。家庭サイズのコーヒー専用マシンを開発し、コーヒーを抽出する温度や泡など、細かなところにこだわった結果、家庭でもカフェのコーヒーが味わえる現在のネスカフェバリスタが完成したのです。
さらに、販売チャネルや販売価格を変更し、オフィスでも飲めるネスカフェアンバサダーの制度を採用したことで、上手く日本にフィットすることができました。
まとめ
今回は、グローカリゼーションについて詳しく見てみました。はじめてグローカリゼーションという言葉を聞いたという方も、この機会にグローカリゼーションについて学び、グローバルとローカルの両方の視点をもって社会を見ることで、これまでにない新しい発見に出会えるかもしれません。
参考
- ビジネスモデルのローカライゼーション (伊藤 嘉浩、田中 洋)