日本ではあまり宗教と食事の関係を意識することは多くはありません。
日本は歴史的にみると神道や仏教が生活に根付いてきた国です。神道には八百万の神という考え方があるように森羅万象の万物に神が宿っていると考える柔軟さがあります。仏教も釈迦は中道の立場から厳格な菜食主義をとらずに肉や魚を口にすることを許していました。明治時代まで四つ脚の獣を食することが表立ってはできなかったという話などもあります。しかし、現代日本では個人の信仰などがあるとはいえ一般的には食に関しては制限を感じることはほとんどありません。
しかし、宗教が生活の土台になっている海外の国は多いのです。現在、日本にはインバウンドで3000万人以上の外国人観光客が訪れています。そして外国人の働き手がさまざまな立場で日本の職場で関わっている時代です。海外に出ることがない日本人でも外国人の宗教と食事に対する配慮を一般的な教養として身につけた方が、あなたが関わる外国人とより良い関係を築きやすくなります。
連載第2回目では、日本人も知っておくべき外国人の宗教と食についての基礎を知っておきましょう。
日本にも外国の人が増え食事の制約に気を配る必要がでてきた
日本にも外国人が増えてきました。有名な日本の観光地に行けば多くの外国人観光客で賑わっています。コンビニに行けば、外国人のスタッフがレジ打ちをしてくれることも珍しくはありません。私が北陸の地元の旅館の日帰り温泉に行った時はスタッフがバングラディッシュ人で法被を着て流暢な日本語で対応してくれました。
日本の職場でもベトナム人が上司になったこともありますし同僚にバングラディッシュ人やネパール人がいたこともあります。
イスラム教徒には豚以外を勧めれば大丈夫だと思っていたが間違いだった
いまや日本国内ですら積極的に関わろうとしなくても外国人は身近な隣人です。かつて、美味しいカレー屋があるとバングラディッシュとネパールの人を誘って行ったことがあります。
中学社会の地理の時間ではイスラム教は「豚」を食べられないと何となく覚えていたのでビーフカレーなら問題ないだろうとバングラディッシュの同僚にすすめてみたのですが
「いや、オレ食べない。イスラム教だから。」
と言われてしまいました。一瞬、私は
- 牛はヒンドゥー教では食べられない
- 豚はイスラム教では不浄だから食べられない
この理解であってた気がするし同僚はイスラム教徒だから牛は大丈夫なはずと思いました。しかし厳密には牛も駄目だと先生が言っていたような気も・・・。
結局、目の前にいるイスラム教の同僚が食べられないというから、そういうものなのだろうと理解しました。
食と宗教に対する先入観は正しくなかった
どうも詳しく調べてみると鶏肉や牛肉でもイスラム教徒のルールに則った処理をしていなければいけないのでした。私が思っていた以上に細かいルールがあり先入観だけで判断するのは、良くないなと反省しました。
また日本人が日常生活で関わる外国人それぞれの宗教と食事のルールを細かく覚えることは難しいなとも感じました。先入観で決めつけてしまうと間違っていることも多いのです。また同じ宗教でも国によって厳格なところもあれば柔軟なところもあるため最終的には目の前の本人に聞くのが一番です。
しかしイスラム教徒は豚はダメでそれ以外の肉はOKというのは流石に自分でも、もう少し教養として詳しく知っておくべきだったなと反省しました。
接客業以外でも知っておきたい世界の宗教と食事
接客業の人は特に外国人のお客様にサービスする機会が増えています。特に飲食業や宿泊業に携わる人は基本的な知識を備えておく方が無用なトラブルを避けることもできますし、何より喜ばれます。もちろん個別具体的に目の前にいる人それぞれに合わせた対応をとることが一番、重要なのは言うまでもありません。しかし一通りの知識は教養として備えておいた方が良いでしょう。
しかし接客業に限らず外国人が今後、同僚・上司・部下になることも珍しくない時代です。気持ちよくコミュニケーションをとるためにも大まかな宗教と食事の関係を知っておくことで気まずい思いをしなくても済むのではないでしょうか。
海外に行く時も食事を通して現地の文化が見えてくる
日本国内の外国人に配慮する時だけでなく海外に日本人が行くときも現地の食を通して文化が見えてきます。海外に旅行や仕事で行く機会があったら食事を通して現地の文化を学ぶチャンスです。そして現地で学んだことは日本に帰って来た時にも教養として残ります。
タイで働いていた時に私が一番、最初に覚えたのは食べ物の名前
私はタイの国立大学で雇われ外国人として働いていたことがあります。その時に一番、最初に覚えたのはタイ料理の名前でした。理由が大学の学食のメニューが全てタイ語で読めずに指差しでいちいち食べたいものを指すのが大変だったからです。例えば緑色のタイカレーの名前は「ゲーン・キョウワン」ですし焼きそばは「パッタイ」です。ちなみに日本で有名なタイ料理の「トム・ヤム・クン」は宮廷料理らしく実際は日常的に食べる機会はあまりありません。
最初はタイ料理の名前を覚えるのは大変でした。しかし現地のタイ人から、どのタイ料理が好きですかと聞かれることが多かったり日本から遊びにきた友人や家族、来客にタイ料理でどれが美味しいと聞かれたりすることも多く「食べ物」の名前を覚えたことは現地ではかなり役に立ちました。
食事はコミュニケーションをとるうえで避けては通れないテーマのひとつです。国内ではなく海外に出るときも現地の食事を楽しみ食べ物の名前を覚えることでコミュニケーションも豊かになります。
食事には国の風土や文化が現れる
食事には国の風土や文化が現れます。食を通して相手の国が見えてきます。例えばタイでは牛肉よりも鶏肉を使った料理の方が多いです。理由は単純に南国のタイの牛は痩せ細り臭くて美味しくないという気候的な事情があります。そしてタイの経済の中枢にいる華僑は牛肉を食べない訳では
ありませんが、あまり食べる習慣がありません。そして農業国のタイでは牛は農作業でも活用しており年老いて働けなくなったら食肉にすることも多く臭くて硬くて不味い牛肉が多かったのです。
良くタイ現地ではタイの牛肉は不味いと言われているのですがタイの牛肉をあまり食べない文化一つをとってもタイの風土や文化が見えてきます。
もしも海外に旅行や仕事で行く機会があったら、食事に対してなぜ、どうしてと疑問を投げかけることで風土や文化が見えてくるのです。ただ食べるだけではなく食べることを通していろいろなことが現地で学べます。
宗教別にみる日本人も知っておきたい食文化
国内外で宗教と食を学ぶことで教養が深まります。もちろん一般論だけを杓子定規に覚えるだけではいけませんが、それでも簡単な特徴を知っておく方がリアルな体験をする時に判断の基準になります。
イスラム教
イスラム教徒は豚を食べないと中学校の社会科で習うことも多いのではないでしょうか。しかし実際は「豚」「アルコール」「血液」「宗教上、適切に処理が施されていない肉」の4つがコーランで食べることが禁じられています。現実的にはイスラムの宗教的に適切に処理が施されている肉を日本の一般的な飲食店で食べるのは難しいようです。
最近では東京など一部の都市ではイスラム系の人に向けのハラル料理の店もでてきました。ハラルはイスラム法では合法的、許可されたという意味です。野菜や果物、大半の魚介類はハラルです。
実際にはイスラム教徒といっても多様で個人によって食べて良いものと避けたいものの線引きは違うようです。そのため現実的には豚の肉や骨、油が使われた料理やアルコールなど多くのイスラム教徒が禁忌としている食材をすすめないといった配慮をしつつ、目の前にいるイスラム教徒の方に食べられるものと食べられないものを聞いてみるのが一番でしょう。
特にハラル料理の専門店や食材が簡単に手に入らない地方では食事のたびにハラル料理の店に行くことは難しいでしょう。
仏教
仏教といっても上座部仏教や大乗仏教などの違いもあり宗派によっても戒律などは異なります。生き物を殺生することを禁じ精進料理が生まれましたが現代の日本では僧侶で肉を食べている人も珍しくはありません。むしろ肉を一切食べない仏教徒の方が珍しいでしょう。
一部の厳格な仏教徒は肉全般、牛肉、五葷(ごくん:ニンニク、ニラ、らっきょう、玉ねぎ、アサツキ)が禁止されています。しかし国民の大半が仏教徒のタイでは仏教徒でも日常生活で普通に肉を食べます。
ちなみに私がタイの大学にいた頃は良く学生が日系の豚カツ屋で豚カツを食べていました。タイは熱心な仏教国というイメージがありますし実際にそうです。しかしタイ人は仏教徒だからといっても肉を食べるのが普通です。当たり前かもしれませんが、仏教国出身の人だからといって肉を食べないという短絡的な思い込みはやめましょう。
厳格な仏教徒や僧侶ならば制限はあるかもしれませんが一般的なタイ人の仏教徒は基本的には厳しい食事の規律・制限はありません。
キリスト教
キリスト教にもカトリックやプロテスタントなどはじめとした多くの宗派があります。基本的には食に関する厳しい制限はありません。しかし宗派によっては肉・アルコール・コーヒー・紅茶・タバコなどを避けている宗派もごく一部ですがあります。
食に関する禁止事項はキリスト教にはほとんどないのですが宗派によっては制限があると理解しておけば十分です。
キリスト教徒との食事でも気軽に食べられないものはあるかと確認は必要ですが大切なのは目の前にいる人が食べられるかどうかです。
ヒンドゥー教
ヒンドゥー教はインドやネパールに信者が多い宗教です。もしかしたら宗教という枠にとらわれない生活様式そのものといっても良いかもしれません。
中学校の地理の時間には牛は神聖な生き物だから食べないと教わった人も多いのではないでしょうか。しかし牛だけではなく豚も不浄な動物と見なされ基本的にあまり食べる習慣はありません。ヒンドゥー教は不殺生を大切にするため肉食を避ける人が多いのです。
また右手は神聖な手、左手は不浄な手とされており食に対する配慮も大切ですが給仕や接客をする際は注意した方が良いでしょう。
最近ではネパール人がベトナム人と同様、増えてきています。ネパールの首都、カトマンズに行くと日本留学のエージェントの看板が多数並んでいます。ちなみに外国人経営のインドカレー屋を日本では最近よく見かけますが実のところネパール人がインドカレー屋を経営をしているというケースも珍しくありません。
ベジタリアン
宗教ではありませんがベジタリアンという菜食主義者の方も世界中に多くいます。宗教上の理由や健康のためにベジタリアンになる人も多いのです。ただベジタリアンと言っても世界各地におり、宗教も戒律も異なっているため一括りにはできません。
意外と盲点なのが肉、魚以外ですと卵や乳製品です。純菜食主義のベジタリアンだと乳製品を食べませんが乳製品を食べるベジタリアンもいます。
ベジタリアンと一口に言っても細かく分類されることは覚えておいた方が良いでしょう。
ビーガン
最近よく聞くのがビーガンです。ビーガンは絶対菜食主義のことです。ベジタリアンの中でも特に乳製品や卵などの動物性食品を口にしません。牛乳の代わりに豆乳やアーモンドミルク、たんぱく質をとるときは肉ではなく大豆や豆腐、味噌などから摂取します。
ビーガンにもさまざまな背景からビーガンになる人がいるようです。動物性の食品は単純に体に良くないと考える人もいれば、環境保全のために畜産に反対しているためビーガンになる人、動物がかわいそうだからビーガンになる人もいます。
ビーガンと言ってもそのビーガンである背景は人によって異なっています。食を通して宗教だけではなくその人の思想まで見えてきます。
日本に来ている外国人に美味しい日本食を紹介しよう
日本に来ている外国人に対する配慮やマナーのために外国の宗教と食事のことを知るべき時代です。一方で外国人にも日本の食文化を紹介することも国際交流では大切です。意外に自国の食文化を良く知らない日本人も多いのではないでしょうか。海外の宗教と食を勉強すると同時に日本の食についても改めて見直してみると発見があります。
しかし難しく考える必要はありません。まずは、あなたの隣にいる外国人に美味しい日本食を紹介したり食事に誘ってみると良いでしょう。もちろん外国人の宗教や個人的な事情などに配慮しつつですが、美味しい日本食を紹介すると喜ばれるのではないでしょうか。
たまにタイ人の教え子が日本にやって来て私の地元の金沢の美味しいものを食べたいと言われるのですが意外に自分の故郷の食に疎くて、いつもどこに連れて行くか悩みます。
金沢なら魚は「のどぐろ」が名物だな
寿司とか良いかな?でも高いかな
金沢カレーは名物だけどB級グルメだしな
近江町市場(石川県の海鮮市場)に連れて行けば喜ぶかな
・・・と日々、私も勉強です。
まとめ
外国人との交流する機会が国内外で増えていく時代です。そのため宗教と食に関する教養を身につけておくことでコミュニケーションが円滑に進みやすくなるのではないでしょうか。一般的な宗教と食のことを学びつつ目の前にいる外国の人と食事をする機会があったら先入観にとらわれずに食べられないものや苦手なものがあるかを聞いて配慮と気配りをしましょう。宗教・食を通して文化や考え方などが見えてきて教養も深まります。