紙製アイアンマンを生んだ「ダンボールアーティスト」という職業とは?―クリエイター・いわい ともひさ さん

リレーインタビュー連載『私の仕事が変わった瞬間』。今回は「特別編」と称して編集部側で「独自の職業で働いている方」をピックアップし、気になるお仕事の内容や働き方についてのお話を伺ってきました。今回取材したのは、【ダンボールアーティスト】兼【ブロガー】として活躍されている、いわい ともひささんです。「ダンボールアーティスト」という名前を聞いただけで好奇心を掻き立てられるようなお仕事ですが、いわいさんはどのような経緯でこの働き方を選んだのでしょうか? 神業ともいえる精緻なアート作品の数々を通して、いわいさんの働き方へのこだわりや商品開発の裏話に迫っていきます。

いわい ともひささん

1972年生まれ。岐阜県在住。

10年間勤務したIT系の会社を2014年12月末付けで退職。2015年からは独立し、ダンボールアーティストとしてさまざまな作品を制作。

テレビ番組向けのダンボールアート制作や企画協力、各種イベントでの登壇、メルマガ連載、デザインコンペでの受賞などの実績をもつ。

また、名古屋で10年以上続くCG勉強会「C3D」を主催している。

いわいさんの作品はこちらから:

「ダンボールアーティスト」になるまで

いわいさんがダンボールアーティストとしての独立を決めたのは2015年で、当時42歳でした。独立以前は一般的なサラリーマンとして会社に勤め、営業や広報の仕事をしていたものの、ずっとフリーランスに強い憧れを抱いていたといいます。30代は「いつか独立して自分のやりたい仕事をしたい」という思いを秘めながら、フリーランスになるきっかけを探す日々が続きました。

独立したいという思いはあったものの、これといったスキルがなく、何か手に職をつけたいと思っていました。前職では5年間ほど営業をやっていて、営業をやりながら新しい技術を習得するのは難しかったんです。でもずっと、何か独立のきっかけが欲しいなというのは考えていたんですね。そして2012年の時に、ブログの広告収入で生計を立てる「プロブロガー」っていう職業の存在を知ったんですよ。さすがにブロガーとして広告収入だけで食べていくのはハードルが高いなと思ったんですが、それでも個人でブログを書くことによって、発信力をつけておきたいと思ったんです。

ブログというものは、そもそも何か発信したいことを持っていて、特定のテーマを決めて書いていくのが一般的だと思います。でも私がブログを書き始めたのは何か伝えたいことがあったからではなく、「独立後にブログで培った発信力を仕事に活かしたい」と思ったからなんです。普通と順序が逆なんですね。

そのような経緯で始めたものなので、始めた直後の時期のブログは種々雑多な内容を書いていました。没個性的で誰でも書いていそうなことしか書いてないし、突き抜けた面白い感じで書けているわけでもないし…。ネットで検索して当時のブログに飛んでもらったとしても、誰かの印象に残るようなものではなかったと思います。

そんな中、ある日海外のニュースサイトで、ダンボールでアイアンマンを作った人の記事を見つけたんです。その記事がとても面白くて、私はその時『ダンボール製だったら、初心者の自分でも作れるかもしれない』って思ったんですね。

早速インターネットで専用の設計図を検索して、アイアンマンの顔の部分をダンボールで組み立ててみました。その作品をブロガー同士の飲み会でお披露目したところ、非常に盛り上がったんですね。その時に、その場にいたプロブロガーの方から「ダンボールで作品を作るというのをブログの個性として押し出すのはどう?」とアドバイスをもらったんです。現在のブログの最初のきっかけはこれで、個性的なブログを書くために何かネタがないかと探していた結果、ダンボールアートを選んだんです。

そこから、いわいさんはアイアンマンの設計図の作者と連絡を取り、設計図がCGソフトによって製作されていることを知りました。実はいわいさん自身、CGが長年の趣味で、作者の方とまったく同じソフトを使っていたんだそう。そうして、自分のCGのスキルを使ってオリジナルのダンボールアートを作り、組み立てる経過も含めてブログに投稿し続けていきました。

ダンボールアートの投稿を続ける中で、ブログを開設した翌年の2月くらいに地元のテレビ局の方から問い合わせが来たんです。内容は、「新番組で、MCに着せるダンボール製のロボットを作れる人を知りませんか」という相談でした。とはいえ、当時私はダンボールアートを始めたばかりだったので、他に紹介できそうな人は知りませんでした。私自身も、これまで人間が入るようなサイズの作品は作ったことがなかったんですが、お話を聞いて「面白そうだからチャレンジしてみよう」と思って作ったんです。結果的に出来上がった作品が当初の予定より大きく扱ってもらえて、嬉しかったですね。

その2か月後にテレビ局のディレクターさんを通じて、ディズニー映画『プレーンズ2』の宣伝用に、「主役の飛行機のキャラクターをダンボールで作る」という仕事の依頼が来たんです。さらに制作の模様を1ヶ月密着取材して、映画の宣伝も兼ねてテレビで放映したい、というお話も頂いて。このように会社員をやりながらダンボールアートを副業としてやっていく中で、具体的に独立が視野に入ってきました。

ダンボールアーティストとして仕事の依頼が増え始め、独立を考え始めたいわいさん。しかし最終的に会社を辞める決断をするにあたり、家族の生活を守れるのか、独立するには遅い年齢なのではないかなど、悩みは尽きませんでした。家族との話し合いや友人への相談を通して、やっと決断できたといわいさんは語ります。

当時は42歳で、独立するにはちょっと遅い年齢のようにも思えました。ですが年齢的にも人生はもう折り返しているし、一回きりの人生のうち最初の20年は会社員として働いてきたので、残りの半生は自分の好きなことをやってもいいんじゃないかと思ったんです。運よくテレビ局やディズニーさんからお仕事を頂いた時期だったということもあり、ダンボールアーティストという珍しい肩書は宣伝もしやすいなと思って、独立しようと思いました。また「自分でダンボールの素材を使った製品を開発して販売する」というのも面白いだろう、と考えていました。

それでも結婚していたことや慎重な性格ということもあって、独立を決断するのにはかなりの覚悟が必要でした。しかし、その時友人が「独立しても会社員やってても、種類は違うけど苦労はするので、それだったら好きなことやって苦労したら」という言葉をかけてくれたんです。私はこの友達の言葉が最後の後押しになって、独立する決心をしました。

きゃりーぱみゅぱみゅさんのMV衣装を担当。そのきっかけは…

独立後の仕事は、ダンボールアートだけでなく前職で培った知識を生かしてWEBサイト運営なども行なっていきました。フリーランスとして働きながら、ブログによるオンラインでの発信だけでは不十分だと感じることも増えたと言います。「仕事とは、自ら切り開く活動のこと」と語るいわいさんですが、フリーランスになってどのような心境の変化があったのでしょうか。

独立して仕事を続けていく中で、TVやメディアに取り上げられたことも何回かありました。例えば今年は、5月に公開されたきゃりーぱみゅぱみゅさんのMVに出てくる衣装をダンボールで制作しました。もともと、2017年くらいにコスプレの衣装でバーチャファイターのようなものを作ったことがあって、その翌年に『デイリーポータルZ』という有名なWEBメディアでそれを取り上げてもらえたんです。実は今回のMV監督の方も「どこかでコスプレの作品を見たことがあって、検索して見つけた」と話されていたので、おそらくその記事を見て仕事の依頼を下さったんだと思います。大きなメディアに取材していただいたおかげで、露出範囲が広がって、より広くの人たちに存在を知ってもらうきっかけになりました。

でも、『デイリーポータルZ』さんに取材してもらえたのは、イベントで直接お会いしたことが元々のきっかけなんですね。「Ogaki Mini Maker Faire 2016」で全身ダンボールアイアンマンを披露したときに、『デイリーポータルZ』さんの隣のブース場所を希望して、出展させてもらったんです。(『デイリーポータルZ』さんには)その時に初めて自分の造形物を知ってもらったので、オンラインだけじゃなくてオフラインの活動で印象を残しておくことも仕事のきっかけになるんだな、と実感しました。

このように、私は直接人と会って人間関係を広げておくというのは重要だと思っています。実はダンボールアートの仕事の半分くらいは知り合いから依頼してもらったものなんです。長年かけて培った信頼関係やネットワークは、チャンスが来たときに「この分野は〇〇さんの得意分野だから、お願いしよう」という風に頼ってもらえることが多くて、新しい仕事の依頼につながったりするんですよね。

念願のプロダクト制作を実現。でも、苦労もかなり味わった

独立してから1年後、いわいさんはダンボールアートを始めてからの夢だった独自製品の開発を始めます。しかし、いざプロダクト制作に取り掛かろうとしたとき、著作権や知的財産権などデザイン関連の法律の壁が立ちはだかりました。

2016年に、「Makuake」っていうクラウドファンディングに自分で考えた製品を出すために準備をしていたんです。多少知的財産みたいなことは勉強していて、インターネットだけでなく特許庁のデータベースでも、似たような製品・アイデアがないことを確認していました。でもサイトに掲載する直前で、他の会社が同じような製品を出しているということが分かったんですよ。

私としては、「確かに似たような感じではあるけど、発想は違うところから得ているし大丈夫かな」と思っていました。念のため直接、相手の会社の方にその旨を相談してみたところ、その商品が意匠権の「申請中」だったことが分かったんです。意匠登録の申請をした時点では、まだ特許庁のデータベースやウェブサイトには掲載されていなくて、直接聞かなきゃ分からないことだったんですよ。

さらに、意匠権の有無にかかわらず、オリジナルの製品が発売されてから3年以内に類似した製品を出すと「不正競争防止法」に抵触する恐れがあることも知りました。そういった経緯から、いろいろ準備したけれど今回は商品化すべきではないと判断して、断念したのでした。

昨年「SUBAKO」という自分の独自の製品(段ボールの組み立てブロック)を作ったんですが、その時は2年前の苦い経験を生かして、意匠権の申請をしました。審査に9ヶ月くらいかかりました。さらに、自分の組み立てブロックの意匠が3つに分かれることになり、総額で20万以上かかったんです。が、まだそんなに収益があるわけではないので、権利のために20万円も払うというのは正直厳しかった。プロダクトである以上在庫を売り切る必要がありますし、そのためには莫大な宣伝費がかかります。前回の失敗を気にして意匠権の出願をしてしまったけれど、果たしてそこまでコストをかける必要があったのかな、という気持ちもありますね。

また、プロダクト制作となると、ソフトウェアと違って、工場に発注して納品してもらって、箱詰めして、発送するというプロセスを経なければなりません。自分の身体ひとつで何とかなるものじゃなく、外部に発注しなければならないところも大変なんです。クラウドファンディングで100個以上支援していただいたんですが、その分の商品は全部自分で箱詰め・発送を行ないました。

フリーランス礼賛への危機感

最後に、この連載のテーマである「働き方」についてのお話を伺いました。副業が解禁され、フリーランスとして働くハードルが下がってきているとも感じられる今日ですが、いわいさんは「フリーランスとして好きな仕事1本に絞るのは最終手段にしたほうがいい」と語ります。

そしてフリーランスを考えている方に向けてのメッセージですが、私は自由な会社なんだったら、できれば会社員やりながら副業としてやりたいことをするっていう道が一番だと思うんですよ。収入的にも安定しているし、自分のやりたいっていう欲求も満たせるし。経営者の方の中には、「副業にかける時間やエネルギーを本業に役立ててくれ」って思う方もいらっしゃるかもしれません。でも私が会社員とフリーランスの両方やってみて思うのは、(ある程度基盤のできてきている会社であれば)フリーの活動を自由にやらせてあげることで、「スーパー社員」が生まれると思うんです。副業をすることによって視野が広がったり新しい発想が生まれたり、本業にも生きてくるところがあると思うんですよね。

それでもフリーランスやりたいという時には、きちんと最悪のケースや、その時の対応まで考えたうえで決断してほしいです。例えば最低限の収入が確保できなくなったりとか、自己資金を投入して始めたサービスが全然売れなかったりとか。いざという時には撤退を決断できる勇気が必要ですし、会社員に戻ったりアルバイトを始めたりする覚悟を持っておくべきだと思うんです。もし、やりたいことがフリーランスにならなくても実現可能なのであれば、その道を探す方をお勧めしますね。

こんな風に最初に釘を刺すような話をしてしまったんですが、私としては今フリーランスとして働いていて、とても楽しいんです。会社員時代と比べて安定した収入が得られるわけではないので、本当はもっと仕事をして稼いだ方がいいんだろうな、とは思います。でも、独立した理由の一つは「できるだけ好きな仕事をして、生計を立てていきたい」からなので、そこは大事にしたいんです。自分が好きではない仕事ばかりに時間を作っていくようになったら、会社員時代と同じくお金に縛られた生活になってしまうんじゃないか、本末転倒ではないか、と思っていて。

収入は不安定ではありますが、まだアルバイトをしなくてはいけないような状態にはなっていないので、今のところは好きなことで収入をアップしていきたいと思ってます。

若い世代の読者へのメッセージ

私自身偉そうに言える立場ではないんですけれど、一つ思うのは「自分の頭で考える」ことと「自分で行動してみる」ことが大事だと思います。

あと、「何があっても人のせいにしない」こと。

例えば、「〇〇さんの言う通りにやってみたけど、上手くいかなかった」と思いたくなる時もあるかもしれません。でも、他人からアドバイスを受けて、それを実行するかしないかの判断はあくまで自分ですよね。たとえ失敗しても、「じゃあ何で自分はそう考えてしまったんだろう」とか「なんでこうできなかったんだろう」とか、自分で考えて自分で責任を取れば、次のステップには活きてくるはず。そのように「自分で考えて自分で責任を取ること」を大切にしてほしいですね。

取材を終えて

人生の中で、誰しもが何らかの失敗をします。リスクのある決断をしたり、挑戦をしなければならない時が来ます。そのような時に失敗をするのが怖くてリスクを取りたくないと思ったり、何かにチャレンジするのから逃げてしまう、という方もいるでしょう。

でも、失敗をしたくないからといって逃げたり、やりたいことに嘘をついて逃げることは、本当に成功だと言えるのでしょうか。

失敗を恐れて行動しないことこそ、本当の失敗とも取れるのではないのでしょうか?

いわいさんは取材の中で、

ーきちんとリスクと向き合い、自力で方法を考えて挑戦したとしたら、その結果がうまくいかなかったとしても次のアクションに活かすことができる

とおっしゃっていました。

このお言葉からは、失敗をする可能性があるからと言って、石橋を渡らないのでも叩きすぎて壊してしまうのでもなく、渡る道のりを慎重に見据えながら道中を楽しんでいくような、そんな気概を感じました。

インタビューの中で、ご自身のことをかなり慎重な性格だと形容されていましたが、いわいさんはただ現実主義的な視点を持っているだけではないと私は思います。その性格の内側に自分の人生をもっと楽しみたいという野心と、ダンボールアートの制作過程を楽しめる好奇心があったからこそ、現在のようなキャリアにつながったのではないでしょうか。

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