「自分の居場所が違うと思ったら、いろんなところに出掛けてより多くの人と会話してみよう」 ― 日本仕事百貨・ナカムラケンタさん

リレーインタビュー連載『私の仕事が変わった瞬間』。
本連載では、ユニークな事業に取り組んでいる企業の社長やフリーランスの方々を取材し、いまの事業を始めることになったきっかけや、どのようにしてその働き方に至ったのかを伺っていく。

記念すべき第1回目は、株式会社「シゴトヒト」代表のナカムラ ケンタさん。ナカムラさんは、さまざまな生き方・働き方を紹介する求人サイト「日本仕事百貨」やイベント「しごとバー」を運営している。新卒直後は不動産会社で働いていたと言うが、どのようにして独立・起業に至り、現在の働き方を見つけたのだろうか。

ナカムラ ケンタさん

1979年、東京都生まれ。明治大学建築学科卒。

不動産会社に入社し、商業施設などの企画運営に携わる。居心地のいい場所には「人」が欠かせないと気付き、退職後の2008年、“生きるように働く人の求人サイト”「東京仕事百貨」を立ち上げる。

2009年、株式会社シゴトヒトを設立。2012年、サイト名を「日本仕事百貨」に変更。

ウェブマガジン「greenz.jp」を運営するNPO法人グリーンズとともに取り組む、“もうひとつの肩書きが持てるまち”「リトルトーキョー」が2013年7月オープン。

株式会社シゴトヒトとは

株式会社シゴトヒトの軸となる事業は、求人サイト「日本仕事百貨」の運営である。「日本仕事百貨」は通常の求人サイトと異なり、インタビュー形式で情報を載せることによって、雇用者の人柄や職場の雰囲気がそのまま伝わるようになっている。単に人材を募集するためのサイトというより、「さまざまな生き方や働き方を紹介するサイト」と表現した方がふさわしいだろう。

株式会社シゴトヒトは清澄白河に「リトルトーキョー」という名前のオフィスを構えており、毎週さまざまなゲストとお酒を飲みながら会話できるイベント「しごとバー」を開催している。他にもシゴトヒト文庫という名前での本の出版や、多媒体でのコンテンツ制作、定食やのプロデュースまで多岐にわたる事業を展開している。

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起業のきっかけになったのは「バーに週6日通ったこと」

ご両親の仕事の都合で引越しが多く、『地元』のように感じられる場所がなく憧れを抱いていたというナカムラさん。小さいころからずっと「自分の居場所」について考えることが多く、『いい場所をつくりたい』との思いから大学の専攻も建築学科に決めた。大学卒業後、不動産会社に勤めはじめたナカムラさんは、あることがきっかけで「いい場所とは何か」という問いの答えを見つけることになる。

社会人2年目になる頃、とあるバーに週6日も通っていました。

ある日、なぜそこに週6日も通ってるのかを考えれば、『いい場所』というものが何かわかるんじゃないかとふと思ったんです。食事やお酒もおいしいし内装も居心地がいいけど、一番は『人』で、バーテンダーや常連さんが目的でほぼ毎日通ってるんだなと思いました。

その時、その場にあった人がいるとそこの雰囲気は良くなるし、そこにいる人も生き生きと働ける、いい循環が生まれると思ったんです。

場所と人をすれ違いなく結びつけられるのは求人サイトの役割なのではないかと思ったのが最初のきっかけですね。そのまま不動産会社で働き続けていれば、安定した収入や生活レベルを維持できたはずだ。それでも起業という道を選び、リスクを冒してでもやりたいことに挑戦したのは、ナカムラさんが幼少期から抱き続けてきた「自分にとっての、『いい場所』を作りたい」という思いの強さであろう。不動産会社でサラリーマンとして働くことだけが正解ではないからと実感していたからこそ、起業という選択肢を選ぶことができたという。

サラリーマンもいいものだと思うんですけど、何となくこのままいくとこうなるんだな、というものが見えてしまって。このままこの延長線上にいても悪くはないけど、もっと他のやり方があるのではないかなという漠然としたイメージがありました。

あとはいろいろな人と話す中で、『こんなに自分で起業したり、やりたいことをやっている人がいるんだ』と実感したのも大きいです。

本で読んだりイベントで話を聞くっていうと雲の上の存在という感じがしますけど、実際に話してみると『こんな人が世の中にたくさんいるなら、自分にもできるんじゃないか』と勇気がわいてきて、自分でもやってみようとなりました。

取材も執筆も経験ゼロ。一人で模索し続けた、最初の半年間

『東京仕事百貨(日本仕事百貨の前身)』を立ち上げた段階では、求人の取材も原稿執筆も未経験。当初は求人情報を無償で掲載していたにもかかわらず、取材の許可すら下りないことも多かった。

最初の数か月は、取材も記事執筆もすべて一人で行なっていました。取材も文章を書くのもまったく初めてだったんですけど、原稿の中身について誰かに相談することはありませんでした。

人材業界にいたわけではないからこそ、むしろ先入観なく、『自分がサイトを利用するんだったらこれを知りたい』と思ったものを書いていましたね。

情報を求めている人のことを想像すれば、どんなこともできるのかな、もっといいものができるのかなという感覚はあります。次第に採用実績も増え、掲載許可が下りることも増えていった。こうして仕事に共感する人が増えるにつれ、少しずつ組織が大きくなり、現在は10名程のメンバーで取材・執筆を行なっている。当初は一人ですべての記事に指示を出していたが、次第に社員に裁量を与えるボトムアップ形式の組織体系に移行させた。取材や執筆に関しても、既存の求人サイトのやり方を真似せず、独特の方法を導入していった。

僕らの会社では原稿に関してマニュアルみたいなものはなくて、『ペアエディティング』というものを採用しています。

普通は他の人が赤入れをして、返ってきたものを直すというカタチだと思いますが、僕らの場合2人で同じ画面を見て『ここはこうした方がいいんじゃないか』というふうに、話し合いながら文章を構成していくんです。こちらの方がより質の高いコミュニケーションが図れるし、お互いの原稿を読みあうことで個人の能力の底上げもできます。

僕はマニュアルよりも、スタッフ一人ひとりが『自分で考える』ことを大切にしていて。こっちの方が、トラブルや問題は起きにくいと思うんです。たとえ何か失敗してしまったとしても、本質的には間違ってないというか。クレームに発展することにはほぼならないし、やってる側もどんどん成長しますよね。

基本的に上司の決裁はいらなくて、何かあったときはフォローはするから呼んでね、というスタンスです。このように、ナカムラさんは他社が簡単に真似できないような独自の運営方法を確立させ、競合の多い人材業界の中でも自社のファンを増やしていった。実は、「日本仕事百貨」では通常のビジネスに欠かせない「営業」を行なっていない。現在の読者も、友人から紹介されてサイトを訪れたという人が多いようだ。ナカムラさんは、「クライアントさんが営業のように口コミで広めてくださっている」と語る。

僕は、仕事そのものが営業になるんじゃないかという思いがあって。営業がいないと仕事ができないとなると、ずっと営業し続けることになってしまいますし、その営業をし続ける分、コストもあがりますよね。

営業に頼るのは悪いことではないんですが、広告や営業というものにコストをかけない分、取材や記事の質を上げることの方に注力をしています。

そうすると、急に(実績が)伸びるということはないですが、仕事そのものに力を入れているので、ちゃんと結果が出る。そして結果が出ると、口コミが広がったり、リピーターになってもらえたりする。

そういう意味でいうと、僕らの会社はずっと緩やかな成長を続けている感じです。現在、このオフィスで働いているのも、感覚としては「わらしべ長者」という感じです(笑)。最初は、1本のわらしべならぬ1本の求人記事が、人を介して都心のスペースにつながっていき、それがこのビルを自社所有の不動産にできるかもしれないっていう。

一つひとつの「人とのつながり」を大切にしてきた

ナカムラさんは仕事をしていく上で大切にしているものを伺うと、「ご縁」という答えが返ってきた。確かにナカムラさんの仕事は、人との出会いが紡いできたものだ。

例えば、「日本仕事百貨」が競合の多い人材業界に新規参入するうえで参考にしたのが、「東京R不動産」という物件サイトであった。「東京R不動産」では、「バルコニーが広い」「改装OK」など個人のこだわりによって物件を選ぶことができる。このサイトも「日本仕事百貨」同様、競合の多い不動産業界に新しい切り口で参入した革命児である。また、ナカムラさんの職業観に大きな影響を与えた人物として、「西村佳哲さん」も欠かすことができない存在だ。西村さんは働き方研究家としてさまざまな職場をめぐり本を執筆しており、ナカムラさんのメンターのような存在である。

確かに、ナカムラさんの仕事は「人との出会い」によって導かれてきたものであると言っても過言ではない。

いまの仕事は、すべてご縁がつながって続いている部分があります。だから、僕らとしては、まず、いま目の前にある仕事に集中して、いろんな人と関わり続けながら、結果としてご縁が広がっていったらなあ、という思いでいます。むやみに広げたいというわけではなく、だからといって目の前にいない人たちに対して排他的になるわけではなく。一気に増えても対応できないという部分があるので、身の丈に合った中で徐々にご縁を広げていけたらいいなと思っています。「日本仕事百貨」を法人化し、株式会社シゴトヒトを設立して今年で10年。しかし、むやみに事業を拡大したりスタッフを増員したりすることは考えていないという。

組織として規模の拡大はないですね。僕らの会社が緩やかに成長してきたのもあって、あらかじめ売上や会社の規模を考えることはないです。リトルオーサカを建てよう、といった水平展開もあまり考えていないです。積極的に一緒にやりませんか? ということはしません。それぐらいのスピード感でいいかなと思っています。

もしも、振り出しに戻っても「死ななければ大丈夫」

ナカムラさんは、積極的に組織や事業の規模を拡大を目指したくはないという。しかし、彼がこの緩やかなスピード感を大切にしているのは、必ずしも挑戦を恐れていたり、倒産や会社が傾くリスクを減らしたいから、というわけではない。むしろ彼の考え方には、「一からやり直しになることを恐れない」という気丈さが見て取れる。

実際に会社を続ける過程で、口座残金がゼロに近づく怖さも経験しました。でも、ゼロになってからできることっていっぱいあると思うんですね。例えば、お金はアルバイトすれば何とかなりますし。すごい借金抱えてにっちもさっちもいかなくなるという状態ではなくて、ただお金がゼロになるっていうだけなので。

例えば、小学生の頃に夏休みの宿題を終えずに新学期を迎えるというのは、小学生の頃からしたら大事ですけど、いま考えてみれば、そのあとの人生に尾を引くような大した問題じゃないですよね。それと同じように、あまり人の目を気にしなければ、お金が無くなることをそんなに気にする必要はないのかなと思います。死ななければいい、という感覚です。

若い世代へのメッセージ

多様性が尊重され、生き方・働き方の自由度が高まっている現代。しかし、将来の選択肢が多すぎるからこそ、若い世代を中心に「自分に合った仕事がわからない」「自分らしい働き方を見つけたい」と感じている人も増えてきている。「日本仕事百貨」に学生や20代の読者が多いというのも、「自分らしい働き方」への関心が高まっているからだろう。しかしナカムラさんは、あくまでインターネット上ではなく『直接』人と会って話を聞くことをもっと大事にしてほしいと語る。

いま自分がいるコミュニティに自分が合わないと思うのであれば、どんどん外に出ていろいろな人と会ってみてほしいです。例えば、『しごとバー』は、いろいろな働き方を実践している人がゲストで来て、ただ話を聞くだけじゃなくて会話できる場にもなっているので、ぜひ参加してほしいです。

先入観やイメージだけで決めつけるのはもったいないし、自分の目で見て、感じてもらったほうが納得感も高まると思うんです。

しかし、何かに挑戦したいと思っていても、なかなか行動に移せない方も多いだろう。ナカムラさんは起業する前、実際に成功している人と直接話すことで背中を押され、一歩を踏み出す勇気がわいたという。

(自分のやりたいことを)できてる人と直接話していると、なんだか自分にもできそうだという『根拠の無い自信』が湧いてくるんですよね。例えば、職場に転職する人が多かったら、自分にも転職できそうだと思える。それと同じように、私は周りに起業家が多い環境にいて、話してみると意外と普通の人なんだなってわかったんですね。そこから、自分にもできそうだという『根拠の無い自信』が湧いてきました。

でも、最初は取材などの経験もなく、『できないこと』も多かったです。ですが、自分で機会を作って続けていくうちに、できるようになりました。 (自分の)『できること』は、次第に後からついてきます。臆せず、やりたいことをやったり会いたい人に会うことを大切にしてください。先入観なく行動すれば、いつの間にかできるようになっているはずです。ナカムラさん自身もこの言葉を口にしたが、その経験は、リクルートの旧・社訓「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と通じる。自分の持っているスキルから「できること」を考えるのでは、新しい価値を生み出すことはできない。何かをできるようになる一つの方法は、それを実践・練習する環境に身を置いてしまうことなのだ、という考え方だ。「自分にはできない」という理由で挑戦をあきらめてしまう前に、実際にそれを実践して成功している人に話を聞いてみてほしい、とナカムラさんは強調している。

インタビューを終えて

最後に、ナカムラさんにとっての生きがいは何か尋ねてみた。すると、次のような回答が返ってきた。「突き詰めると、やりたい仕事ができて、夜は馬鹿話して飲んでいられればそれ以上のものはないですね。
思い浮かんだことを実行できて、楽しく生きていられれば大丈夫かなと。」

この言葉に表れているように、彼の生き方は、自分のやりたいことに忠実に、正直な生き方だ。

「日本仕事百貨」も、あくまで「仕事」ではなく「やりたいこと」としてとらえている。起業する際、自分にもできそうだという「根拠の無い自信」があったというのも、彼の少年のような純粋な心からくるものだろう。

だが、彼は夢を見すぎない洞察力も持ち合わせている。あくまで目の前の仕事やお客さんをまず大切にして、着実に進みたいと考えている。彼は、やりたいことを実現したいという少年のような心と、経営者としてできる範囲のことのみを扱うという冷静さの両方を兼ね備えているのではないだろうか。

そんなナカムラさんの著作のタイトルは『生きるように働く』。彼にとって仕事と私生活は「オン・オフ」で切り分けられるようなものではなく、むしろ溶け合うように『共存』しているのだと思う。

仕事や残業で日々を忙殺されるのでもなく、仕事を「嫌なもの」「憂鬱なもの」として扱うのでもない。『生きるように働く』というスタイルは、未だ聞いたことのない響きの言葉であるとともに、日本人の気質に合っている、なじみ深さを感じさせる言葉でもある。


今回インタビューに応じてくださったナカムラさんの著作、「生きるように働く」。
求人サイト「日本仕事百貨」はどのように生まれたのかが、ナカムラさんと彼の出会った人との対話を軸に描かれている。

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