事例紹介
2019.06.07

人はなぜ身近な人に優しくできないのか?

人はなぜ身近な人に優しくできないのか? 私たちは普段、家族や恋人、友人など多くの人に囲まれ、支えられて生活しています。いま、あなたにとって身近な人とは誰でしょうか。

  • 両親や兄弟
  • ルームシェアをしている恋人や友達
  • 職場の同僚

人によって異なるでしょう。あなたは、いま「自分にとって身近な人」を大切にしていると胸を張って言えますか? いつも近くにいるから、と蔑ろな態度を取ってしまっていませんか?

外面がよく、身近な人を大切にできない見栄っ張りは身を滅ぼす

家族や恋人、友人関係が長くなると、相手に心を許す反面、気を遣い続けることが難しくなってきますよね。たまにしか会わない人や、初見の人には、一度限りだからと非常に丁寧な態度を取れるのに対して、毎日一緒にいる相手に同じような態度を取るのはとても難しいものです。

「素の態度」こそが自分の本当の性格なので、毎日一緒にいる相手に見栄を張ったり、無理して合わせる必要はありません。でも、他人に対して簡単にできるその優しさ、身近な人に向ける努力をしてみませんか?

他人に向けた優しさは自分への見栄だ

数年ぶりに会う学生時代の友達が、「オメデタ」だと聞いた。そんなに親しい間柄ではなかったけれど、ホテルでのアフタヌーンティーにお呼ばれしたので出産祝いにブランド物のプレゼントとオシャレなメッセージカードを用意。だってみんな持ってきてそうだし。

そういえば先月も別の同級生の結婚祝いに5,000円程度の贈り物をしたっけ。そんなことを思い出していたとき、ふと気付いてしまったことがある。

「一体これは、誰のためのプレゼントなの?」

有名なブランドの子供服に、おしゃれなカードに書かれたなんとなく距離間を感じるメッセージ。こんなの全部、「〇〇ちゃんってやっぱりセンスいい!」って思われたいがための、私の自己満足じゃないか。思えば、最後に母親に手書きのメッセージを贈ったのはいつのことだろう?

もう次にいつ会うかわからないような相手に見栄を張ってお金や時間を割くよりも、いつも私を見守ってくれて、側にいてくれる人にこの気持ちを向けた方が良いのではないか?

「釣った魚にえさをやらない!?」どうして人は身近な人を大事にできないのか。

誰もが知っている有名なことわざに「釣った魚にえさをやらない」があります。

親しい間柄になったあとは、相手の機嫌をとる必要はないという意味で、男女間での表現によく使われていますよね。ことわざになるくらい、昔から「身近な人にやさしくできない」人が多かったというわけです。何故なのでしょうか?

「言わなくてもわかる」相手との照れくささ

家族やパートナーとして、長く一緒に生活をしていると、お互いの性格や習慣がよくわかるようになってきますよね。一緒に居ることに慣れると「いわなくてもわかる」と勘違いしてしまい、あえて言葉を交わすことが少なくなるように思います。私は、いわゆる「上面のよい」タイプの人間かもしれません。

お客さんと初めて会った時、別れる時に握手を当たり前に交わします。仕事上で関わるスタッフやお客さんについハグをしてしまうこともあります。自分にとっては、なんでもないことです。

しかし、1番近い間柄にあるはずの両親にはこのような態度をとることができません。心の中ではすごく大切に思っているのに、照れくさくてあまり優しくしてあげることができません。離れた場所に住み、見るたびに歳をとっていく両親を見ると、なんとも言えない寂しい気持ちになります。

法的に家族になると簡単に離れられないので、努力をしない

「身近な人を大切にできない」理由の2つ目は、「側にいるのがあたり前」と勘違いしてしまうからではないかと思います。

誰かと結婚したり、両親の元に生まれ「家族」になると簡単には離れられません。

子供の頃ならば、経済力もなく1人で生きていくことなどできないので、親に頼って生きていくしかありません。もちろん外に出ていないほとんどの時間は、家族と過ごすことになります。

成長して誰かと家庭を持った場合、好きで付き合い、言葉ひとつですぐに分かれてしまえる関係と違い、婚姻関係は簡単に解消することができません。

その分、お互いに安心してしまい、「この人を失わないための努力をしよう」という気持ちが薄れてしまうのではないかと思います。

脱!外面の良い自分。身近な人に優しくできる方法

では、身近な人に優しく接するには、一体どうしたら良いのでしょうか?

「ありがとう」と「ごめんなさい」の当たり前を徹底する

なぜ他人には優しくできるが、側にいる人には冷たい態度を取ってしまうかというと「照れ」があるからではないか、というお話をしました。心からその人のことを大切に思うなら、人として当たり前のことは、相手が誰であっても同じように言葉に出すべきです。

特に、親しい人間関係では、「ありがとう」と「ごめんね」というあたり前の言葉が出なくなるといいます。確かに、両親や長年連れ添った相手に、改まって感謝の気持ちを伝えたり、自分の失敗を認めるのが恥ずかしい気持ちは分からなくもないです。

でも、自分だって他人から親切にされたら嬉しいのと同じように、相手だって大切にされればシンプルに喜ぶはず。いつも一緒にいる人にこそ、変化やサプライズ、感謝の気持ちを素直に伝えるように心掛けたいですね。

一緒にいるのは、当たり前でない。

家族や付き合いの長いパートナーは、相手のことを「切っても切れない縁だ」と思い、いま親切にしなくても、これからいくらでも時間と機会がある、と思ってしまいがちです。

でも、側にいてくれるのは当たり前ではないのだ、と考えてみてはいかがでしょう。少し縁起が悪いですが、どんなに健康な人でも、誰でも病気になる可能性はあります。

これまで口うるさいなと思っていた両親が、ある日突然不慮の事故でこの世を去ってしまったら? 不治の病に冒されてしまったら?お願いだからもっと長く生きて欲しい、一緒に生きていきたい、とこれまでの行ないを後悔するかもしれません。当たり前ですが、そうなってからでは遅いのです。

今この瞬間こそ、どこの誰だか分からない他人よりも、身近な人へ感謝の気持ちを込めて丁寧に接するべきなのです。

まとめ

身近な人に優しくできると、気付いた相手も同様に優しくなります。

優しさと愛情に包まれた生活をしていると心が満たされて、自分の生活がより良いものになります。「身近な人を大切にする」という行為は、相手を喜ばせるだけでなく、自分の生活をも豊かにしてくれるんですね。

実践してみましょう。生活の中で、相手を思って行動をしてみましょう。実は、とてもシンプルで簡単なことです。

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