「スキルがないので転職は難しいですよね……」
「自分の市場価値がわかりません。私は市場価値のある人材なんでしょうか……」
日々キャリアカウンセリングをしていると、 このように嘆く求職者の多さに驚かされます。
私は多い時だと1日に4名ほどのキャリアカウンセリングをしますが、ここ1年ぐらいだと50~80%の割合で「自分の強みがさっぱりわからない」といった類の方にお会いしている計算になります。1日に半数以上なので、いかに多いのかおわかりいただけるのではないでしょうか。
お話を伺ってみると、求職者が言う「スキル」とは、大半が「資格」や「(超がつくほどの)専門知識」であったりします。資格がある未経験者と、資格がない経験者とでは明らかに後者の方が採用率は高いのですが、それをお伝えしても悩める方々の心には刺さらないことが多いです。そこで、3年ほど前から「”ポータブルスキル”の棚卸」をお勧めするようになりました。
”ポータブルスキル”の棚卸によって、求職者には次のようなことが見込めます。
- 職場に関係なく自分の強みを活かし、活躍することができる
- 職務経歴書に落とし込むことで書類選考の通過率が上がる
- 自分に自信が持てる!
また、転職だけではなく、異動などで部署や仕事内容が変わった時にも活かすことが可能です。
本記事では、ポータブルスキルとは何か、ポータブルスキルのチェックの仕方や活かし方を詳しく説明していきます。
ポータブルスキルとは「業種や職種が変わっても通用する汎用性の高いスキル」のこと
”ポータブルスキル”という言葉を聞いたことはあるでしょうか。昔からある名称ではなく、2000年代に入ってから登場した名称なので歴史も浅く、また使われている環境が人材業界のため耳慣れない方も多いことでしょう。
”ポータブルスキル”とは「業種が職種が変わっても通用する汎用性の高いスキル」のことを指します。「社外でも通用する能力」と言えばイメージがつきやすいでしょうか。
厚生労働省ではポータブルスキルを次のように定義しています。
ポータブルスキルとは業種や職種が変わっても通用する、持ち出し可能な能力のこと。「専門知識・専門技術」の他、「仕事のし方」(課題を明らかにする・計画を立てる・実行する)、「人との関わり方」(社内対応(上司・経営層)、社外対応(顧客、パートナー)、部下マネジメント(評価や指導))で構成。
引用 : ミドル層のキャリアチェンジにおける支援技法 – 厚生労働省
このことからわかるように、ポータブルスキルとは資格でもなければ特定の業務に必要な専門知識でもなく、どのような仕事をしようとも業務を遂行する上で必ず必要になってくるスキルのことなのです。
もともとは人材業界で40代以降の求職者のマッチング精度を高めるために考えられた「ミドルマッチングフレーム」を構成する概念の一つでした。
しかし、ポータブルスキルの有用性により、最近では「スキルがないと思い込んでいる20代や30代の求職者に向けてもポータブルスキルの視点でキャリアカウンセリングを推進する人材会社が増えてきています。
それでは、そのポータブルスキルの内容は一体どのようなものなのでしょうか。
ポータブルスキルの8つ要素
20代や30代にも有用性が高いポータブルスキルは、大きく3つの分野に分かれています。
- 専門知識・専門技術
- 仕事のやり方
- 人との関わり方
このうちの【仕事のやり方】と【人との関わり方】については8つの要素で構成されており、この8つの要素をポータブルスキルと呼ぶこともあります。それぞれ詳しく解説していきましょう。
【仕事のやり方】の5つの要素
業務上の課題に対して解決するための具体的な行動のことで、考え方としてはPDCA(Plan・Do・Check・Actionの略)に似ています。
1. 現状の把握
取り組むべき課題やテーマを設定するために行う情報収集や分析
- 仕事関連の動向をおさえるためのコンスタントな情報収集
- 複雑な情報やデータに対する評価・分析
2. 課題の設定
事業、商品、組織、仕事の進め方などの取り組むべき課題の設定
- 新しい商品や技術、新しい仕事のやり方について考える
- 自分なりの問題意識に基づいて、目標や課題を自ら設定する
3. 計画の立案
担当業務や課題を遂行するための具体的な計画の立て方
- 最終的なゴールに向けて、効果的なシナリオを描く
- 課題の優先順をつけ、具体的な実行計画を立てる
4. 課題の遂行
スケジュール管理や各種調整、業務を進めるうえでの障害の排除や高いプレッシャーの乗り越え方
- 品質基準・納期を厳守しながら、業務を確実に遂行する
- 強いプレッシャーの中で、達成基準をクリアする
5. 状況への対応
予期せぬ状況への対応や責任の取り方
- 日々の判断を自分で行い、その結果責任を負う
- 予期しない状況の変化に直面しても、臨機応変に対応する
【人との関わり方】の3つの要素
業務上の課題を解決するためどのように人と関わっているのかを、社外・社内・部下という3つの要素で分類しています。
1. 社外対応(顧客、社外関係者)
顧客・社外パートナー等に対する納得感の高いコミュニケーションや利害調整、合意形成
- 顧客・社外関係者に難しい内容を的確に納得感高く伝える
- 価値観の異なる人々や利害の対立する顧客・社外関係者と調整し、合意を獲得する
2. 社内対応(経営層・上司、価値観の違う社内関係者)
経営層・上司・関係部署に対する納得感の高いコミュニケーションや支持の獲得
- 経営層・上司・関係部署などに難しい内容を的確に納得感高く伝える
- 価値観の異なる人々や利害の対立する社内関係者と調整し、支持を獲得する
3. 部下マネジメント
メンバーの動機づけや育成、持ち味を生かした業務の割り当て
- 能力や専門の異なる部下・メンバーの動機付け・育成・指導を行う
- 部下やメンバーの持ち味を把握して業務を割り当てる
ポータブルスキルの8つの要素を簡単にご紹介しましたが、難しくとらえる必要はまったくありません。よく読んでみると、社会人経験がある人なら一度はやったことがある内容をわかりやすく体系化しただけということに気づかれると思います。
しかし、中には「いくらポータブルスキルが重要って言われても、転職ではやっぱり専門的な知識や経験が重視されるんじゃないの?」と思われている方もいらっしゃるでしょう。
それでは、なぜポータブルスキルの有用性が高いと言われているのかを解説していきたいと思います。
なぜポータブルスキルが重要なのか?
ポータブルスキルが重要と思われる理由については、3つの点から解説します。
1. 転職前後の業種・職種の変化による入社後の活躍への影響にほとんど差がみられない
「雇用構造の変化や新たな労働市場の要請に応え、健全かつ円滑な次世代労働市場を創造する」ことをミッションに掲げている、一般社団法人人材サービス産業協議会(以下「JHR」)の調査によると、転職後に活躍している人の割合は次の通りです。
- 同業種・同職種の場合:48.6%
- 同業種・異職種の場合:51.5%
- 異業種・同職種の場合:49.4%
- 異業種・異職種の場合:47.7%
※調査母数:1,509社
この結果から、業種や職種の経験や専門スキルがあっても、必ずしも活躍や成果につながるわけではないということがわかります。
つまり、専門的な知識や技術が重要なのはもちろんではあるが絶対ではないこと、専門的な知識や技術と同じぐらい「専門性以外の職務遂行能力」が重要ということになるのです。
2. 企業が「採用後にもっと評価しておけば良かった」と思うのが「人柄」と「専門性以外の職務遂行能力」
先述の「専門的な知識や技術と同じぐらい”専門性以外の職務遂行能力”が重要」ということを裏づける調査結果があります。
同じくJHRの企業に対する調査結果によると、中途入社者の採用の決め手になった項目は多い順に
- 専門職種の知識や経験:43.6%
- 業界での知識や経験:42.1%
- 人柄:37.2%
だったのに対し、採用後にもっと評価しておけば良かったと思う項目は、多い順に
- 人柄:25.4%
- 専門性以外の職務遂行能力:23.7%
- 業界での知識や経験:22.9%
となっています。
専門的な知識や業界での経験を重視して採用したものの、いち早く戦力となり活躍する人材を見極めるためには専門性以外の職務遂行能力をもっと評価すべきだったと考える企業が多いということです。
しかし、時間に限りのある面接で専門性以外の職務遂行能力を見極めることは難しく、それらを補うために適性検査などの名目でテストを実施する企業は多いです。ただ、適性検査に関しては求職者が必ずしも真実を回答しているかが企業側にはわかりませんし、結果についても統計結果から算出されたものなので、あくまでも参考レベルのものと捉えざるを得ません。
だからこそ、面接や従来の適性検査では見極めにくい「専門性以外の職務遂行能力」を可視化したポータブルスキルが重要となってくるのです。
3. ポータブルスキルを活かした採用の手法を取り入れる企業が増えつつある
もともとはミドル層のキャリアチェンジの円滑化を目的に構築されたミドルマッチフレームですが、人材業界の一般企業への働きかけや厚生労働省が一般に公開している資料が企業の人事担当者にも有効とされていることから、ポータブルスキルを活用した採用の手法を取り入れる企業が増えてきています。
これは、専門性経験年数、属性などの「この人はどんな仕事、経験を積んできた人なのか?」というヒト軸(スペック)の採用から、従来の専門性・経験年数・属性に加えて「どんな課題(コト)を解決してきたのか?」というコト軸での採用の方が有用性が高いと企業が認識しているからに違いないのではないでしょうか。
実際に私が人事担当者として数社の採用を担当した時も、応募者のスペックに加えて専門性以外の職務遂行能力を重視するコト軸採用へシフトチェンジすることが多々ありました。
では、企業も徐々にその有用性を認知しはじめているコト軸採用、そのために重要な要素であるポータブルスキルですが、「自分にはどんなポータブルスキルがあるのだろう?」と思った方には、次でご紹介するセルフチェックをぜひ試していただきたいです。
まずはポータブルスキルをセルフチェックしよう
私がいつも求職者におすすめしているポータブルスキルのセルフチェックは、次の3ステップです。
ステップ1:これまでの業務経験を詳細に振り返る
ステップ2:チェックツールを使う
ステップ3:自分の強みに関する業務経験のエピソードを思い出す
それぞれ詳しくご紹介していきます。
ステップ1:これまでの業務経験を詳細に振り返る
これまで経験してきた業務について、アルバイトも含めて詳細に振り返ってみましょう。
ポイントは、業務内容の名称を洗い出すだけではなく、仕事のやり方やヒトとの関わり方に重点をおいて振り返ることです。
もし、イメージが難しいなら、「何かのトラブル(課題)が発生した時にどのように対応して解決してきたか」を思い出してみましょう。
また、洗い出した内容を
- その組織だけで通用するスキルか
- その業界や職種だけで通用するスキルか
- ビジネスで一般的に通用するスキルか
の3つで分類していきます。
「なんだか難しそうだなぁ……」という人は、上記を念頭にして過去に作成した職務経歴書をブラッシュアップしてみてください。
職務経歴書がない人は作成してみるのもお勧めです。
ステップ2:チェックツールを使う
ステップ1で業務経験を詳細に振り返ることができたら、次はチェックツールを使ってポータブルスキルの8つの要素の構成割合を確認してみましょう。
JHRが、無償で使える「ポータブルスキルセルフチェックツール」を提供しています。このチェックツールでは自分のポータブルスキルの強みと弱みを知ることができます。ぜひ試してみてください。
ステップ3:自分の強みに関する業務経験のエピソードをさらに深堀する
ステップ1で業務経験を詳細に振り返り、ステップ2で自分のポータブルスキルの強みと弱みを確認できたら、自分の強みに関する業務経験のエピソードをさらに深堀してみましょう。
これを何度か繰り返していると、自分の仕事のやり方や人との関わり方の傾向がおぼろげながらも見えてくるはずです。それは自分が常日頃から気をつけていることかもしれませんし、もしかしたら無意識でやっていることかもしれません。
いずれにしろ、ポータブルスキルのセルフチェックで見えてくるものとは、共通して「そんなことがスキルとしてアピールできるとは思わなかった!」というようなものばかりです。
実は、普段は意識していないだけで自分が「出来て当たり前のことだ」と思っていることこそが、他の人にはない強みになっているケースがとても多かったりします。そのため、私が担当した求職者の大半は、ポータブルスキルのセルフチェック後は「自信が持てました!」と、イキイキとした表情でご帰宅されていました。
長年、内から外から人材に関わってきた身としては、仕事をする上で当たり前だと思っていることを当たり前にできる、これこそが最強のポータブルスキルだと思っています。
強みを高めるか弱みを補強するかは慎重な判断が必要
ここまでで、すでにおわかりかと思いますが、ポータブルスキルのそれぞれの要素は過去の業務経験による積み重ねです。
ポータブルスキルのセルフチェックを行い、仮に「自分は課題の設定が弱いから、転職のためにこの部分を強化しよう!」と思ったところで、一朝一夕でスキルの向上を見込めるわけではありません。
市場価値の高い人材になりたいからといって、自分に不足しているポータブルスキルの要素を身に着けるために長い時間をかけてしまっては本末転倒にもなりかねませんよね。
そのため、自分のポータブルスキルをどのように活用するかは、自分が置かれている状況や少し先の予定を考慮したうえでの慎重な判断が必要となってきます。
例えば、「今すぐに転職を考えている人」または「転職活動をしている人」であれば、ポータブルスキルの強みに関するエピソードを盛り込んだレジュメを作成した方がいいでしょう。
「今すぐではないけど、そのうち転職したいと考えている人」であれば、強みを伸ばすのでも弱みを補強するのでも、どちらもでいいと思います。
逆に「転職する予定がない人」や「今の職場で経験やスキルをきちんと習得できているのか不安な人」などは、社内でさらに活躍するために活かせるスキルや足りないスキルを見極め、普段の業務で心がけていく程度で問題ありません。
ポイントは、自分が自社または転職したい企業の社長や上司になったようなつもりで、「はたしてどのような人材が会社にとって有用なのか?」を考えてみること。
なぜなら、「市場価値が高い」とは、言い換えれば「上司や社長からの評価が高い」と同じだからです。
もしポータブルスキルの活用の方向性に迷ってしまったら、ポータブルスキルを熟知している転職エージェントに相談しているのも方法の一つです。
まとめ
終身雇用制度が崩壊し、転職の限界が35歳と言われていたのも過去になりつつあります。
個人のキャリアにおいて転職という選択肢が珍しくなくなってきたとはいえ、年齢を重ねるほど転職の難易度が上がっていくのは昔も今も変わっていません。
しかし、出生率の低下、製造業・建設業の労働人口の減少と情報・サービス業(介護や福祉も含む)の労働人口の増加などから、ミドル層のキャリアチェンジがより当たり前になる時代も近い将来やってきそうです。
それに伴い、専門的な知識や経験はもちろんのこと、今よりもずっと「どんな職場でも通用する汎用的なスキル」が重視されていくことでしょう。
転職活動時の「私にはスキルがない……」という嘆きから解放される唯一の方法として、今から少しずつでもポータブルスキルの棚卸や強化を心がけ、いつでも市場価値の高い人材であるようにチューニングを行っていくことを現役のキャリアアドバイザーとしてお勧めしたいです。