日本に根ざす外資系企業として親しまれるプロクターアンドギャンブル(P&G)。生活用品の分野で優良企業としての側面を持ち、高収益体質。もちろん、商品の開発やPR方法で目を見張るものがありますが、もう一つ優れた能力を持っています。それは人材育成。P&Qでスキルを磨き、世界で名を轟かす企業のマネジメント層へと転身を果たした人は数知れず。そんなP&Gにおける社員育成のフィロソフィーに迫ります。
P&Gとは?
プロクター・アンド・ギャンブル(以下、P&G)という企業の名前を知らない人はいないだろう。シャンプーなどのヘアケア用品をはじめとする一般消費財メーカーです。アメリカ合衆国のシンシナティに本拠地を持ち、日本でもP&Gジャパンがあります。テレビCMでも「ピーアンドジーです」という女性タレントのナレーションなどを見かけることもあるでしょう。ひょっとしたら「ピーアンドジーは日本の企業だ」と思っている人もいるかもしれません。それほど、日本のなかに根付いた企業です。
それもそのはず、P&Gはアメリカの本体も創立から180年以上となる老舗企業です。そして、日本進出からの経過年数でみても約50年にもなります。そこらへんの日本企業よりも会社としての歴史は長い。このような外資系企業は稀有な存在とも言えます。
売上高の規模でみてもやはり大きい。P&Gはグループ全体として約7兆5000億円。営業利益ベースでは約1兆5000億円、営業利益率はなんと20%ほどという高利益体質。グローバル市場と日本をメインにする会社という意味でやや比較としては適切でないかもしれませんが、大手生活用品メーカーの花王が連結売上高で1兆5000億円程度、連結営業利益高では2000億円程度、営業利益率が13%ほどとなっています。高利益体質で知られる花王すらしのぐ稼ぐ力をもっているのがP&Gなのです。
取り扱うブランドで見ても、馴染みのある名前が並びます。シャンプーで言えば、「パンテーン」や「ヴィダル・サスーン」、今でこそP&Gの製品ではないですが(事業売却されたため)「クレアラシル」もかつては主力製品でした。ひげそりの「ジレット」も傘下企業の製品です。こうしてみると、個別の商品でも市民権を得たものが多数あることがわかります。
一言でいえば「すごい」のですが、実はP&Gは人材を育成することに長けた企業としても知られています。
ヘッドハンティングはされるが、ヘッドハンティングはしない
まず外資系企業としては意外な点として、「ヘッドハンティングで人材を獲得しない」という特徴があります。つまり、新卒で人を雇い、育て上げていくのです。反対にヘッドハンティングされる側としては有名企業です。それこそP&Gでマネジメントのスキルを育成し、アメリカの名だたる企業で辣腕をふるった経営者を挙げればきりがありません。例えば、「ゼネラル・モーターズ」の元会長職であるジョン・スメール。あるいは航空機メーカーの「ボーイング」の元CEOであるジェームズ・マックナーニ、「ウォルト・ディズニー」のジョン・ペッパーなど。本当に枚挙に暇がありません。
基本的にヘッドハンティングをせず、新卒で採用し、徹底的に人材育成をし、マネジメント層になりうる人材を確保して最終的に会社発展へとつなげることができるということ。これは会社がマネジメントスキルの育成手法を知っているということに他なりません。
今回のレポートでは、P&Gの人材育成能力について分析し、それがいかに高収益体質につながっているのか?企業としての人材育成法に役立つことはないか?をまとめたいと思います。
資産や製品が取られたとしても人だけいれば大丈夫、と考えられる強さ
そもそもP&Gではどの程度の社員が働いているのでしょうか。この点、なんと全世界90事業所以上において、12万人もの人が在籍しています。
そしてかつてP&Gのマネジメント層を経験した人物をして「ブランドや会社資産、あるいは建物などを取り上げられたとしても、社員さえいれば10年でビジネスを復活させることができる」と言うほど、結束力や人材力を持っているとされています。
ひとつエピソードを紹介しましょう。日本でP&Gは東京ではなく神戸に本拠地を構えています。その本拠地は1995年に発生した阪神淡路大震災で被災しました。明石にあった紙製品の工場も操業をストップ。窮地に立たされたのです。ところが、です。関西にいたマネジメント層と社員たちは、自主的に大阪の拠点に集結。数日以内に社員全員の安否確認を行った上で、なんと震災発生からわずか3週間で本社機能を大阪に移し、通常業務を行う体制を整えました。あわせて明石の工場機能の復旧も1カ月でやりきってしまったのです。
危機においてこそ試されるのが社員力。だとすれば、P&Gの力は間違いなく本物と言えるのではないでしょうか。
すこし脇道に逸れますが、P&Gはこの被災経験を通じて、災害用の備蓄食料などを本社に大量保管するようになったのです。そしてこれらは万が一大さいが生じたときは地域の復興のために用いるとされています。危機を乗り越えて、さらにそこから学び備える。極限状態でもPDCAサイクルが確立している事例と言えます。
明確なコアバリューとプリンシプルこそが最初に必要である
では、P&Gの人材育成において重視されていることはなにか。そこには奇をてらったことをせず、王道に徹する姿があります。
まず、企業におけるコアバリューとプリンシプルが明確にされており、それが社員全員に対して徹底されているということが挙げられます。
コアバリューについて
コアバリューとは直訳すれば、「企業の中心的価値」となるでしょうか。
P&Gにおいては、「企業の拠り所となる信条、価値観」として根付いています。それは、具体的にはP&Gの目的、(消費者を含めたステークホルダーと)共有する価値観において定められています。
実際のP&Gの企業目的を引用しておきましょう。
私たちは、現在そして未来の、世界の消費者の生活を向上させる、優れた品質と価値をもつP&Gブランドの製品とサービスを提供します。その結果、消費者は私たちにトップクラスの売上と利益、価値の創造をもたらし、ひいては社員、株主、そして私たちがそこに住み働いている地域社会も繁栄することを可能にします。
この目的はP&Gの企業活動におけるさまざまな場面で垣間見ることができます。例えば、P&Gは傘下におさめる企業を通じて基礎化粧品を中心にした「SK-2」の販売を行っています。そのCMにおいては、効果効能を押し出す事も行いますが、世代を超えたさまざまな女性タレントを用いたイメージ戦略を主にしています。あるいは最近であれば、お笑いタレントの渡辺直美さんを起用して、体型や見た目の方向性にとらわれず、肌質の向上ができるというイメージ戦略を行っています。効果効能よりも、多様性や企業が消費者に受け取ってほしい価値観を重視する。それが現れているといえるでしょう。
あるいは、先に述べた災害時の備蓄という取り組みは、地域社会への貢献ということが実践された内容と言えるのではないでしょうか。
プリンシプルについて
プリンシプルとは、コアバリューを前提とした社員の行動原則を定めたものです。業務を行うにあたっての是非を判断する場面で、社員を規律する役目を追う内容と言えます。P&Gでは以下のようなプリンシプルをさだめています。
私たちは、すべての個人を尊重します。
会社とその個人の利害は分かち難いものです。
私たちは、戦略的に重要な仕事を重点的に行います。
革新は、私たちの成功の礎です。
私たちは、社外の状況を重視します。
私たちは、個人の専門能力に価値をおきます。
私たちは最高を目指します。
相互協力を信条とします。
こうして列挙し、内容を見てみると極めてシンプルです。そして、なるほどとうなずくべきものばかりであることに気付かされます。要は、人が企業において業務をするにあたって当たり前とも言える内容ばかりです。しかし、我々の生活を振り返ってみて、果たしてこの当たり前とも言える「正しいこと」がどれだけ尊重されているでしょうか?「お付き合いがあるから難しい」「わかってはいるが、慣例を重んじてしまう」といった理由にもならない理由で正しいことができないのであれば、結果的には利益の拡大には結びつかないのではないでしょうか。
P&Gのプリンシプルを見るにつけ、正しいことは困難であるけれども利益の拡大には避けては通れない道であることが示されています。
P&Gはコアバリューとプリンシプルを社員に対して徹底的にすり込むことで、行動を正しい方向に向かわせます。正しい方向とは、具体的にはP&Gの製品開発や販売活動、すべてのシーンにおいて自社と顧客の利益を最大化させる方向です。当然、個々人が工夫しチャレンジしながら実践することで人材力は自然に高まっていくことになります。
OJTの密度とかける時間こそが人材育成の根幹
ここでも当たり前の話をします。P&Gでは、いわゆる座学形式の研修や外部機関の活用、たとえばMBA取得などをあまり重視していません。むしろOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)に人材育成の重きを置いています。
それこそP&GのあるOBが「正式なトレーニングはほぼない。たいていはOJTとして与えられた仕事の中で、仕事を通じて(他者と関わりながら)スキルアップをしていく」という程です。その場面において、いわゆる先輩の役目が大きなものです。厳格に、P&Gのプリンシプルが叩き込まれた人物から、いかに正しいことをすべきかが伝承されます。ただ、注意してほしいのはあくまで正しいことをすべきことが教えられるわけです。プリンシプルにおいては、個人が尊重され、個人の個性とも言える能力が尊ばれます。そして革新が好まれるのです。
したがって、厳格なOJTでありながらP&Gの先輩社員たちは一様に「聞く・相互理解に努め」、スパルタにはなりません。それゆえ密度と時間をかけたOJTが成立するのです。
事例として「P&G流のメモ」について
P&Gにおける人材育成と相互理解の重視といった姿勢があらわれるのが「メモの書き方」です。実は、P&Gでは特徴的なメモの書き方が存在します。
A4一枚におさめる、という書式上のルールがあり、
「1:目的と結論のハイライト」「2:背景」「3:主文(提案や報告。そのほかの重要な内容)」
「4:根拠」「5:検討事項や課題」「6:次に取るべきアクションとしてのネクストステップ」
という6つのパートにわけて内容をまとめる必要があります。この書き方について徹底的な指導がなされるのです。そしてメモは、誰が読んでも内容が理解できるように、かつプリンシプルに沿った方向性が持つように配慮がされる必要があります。課題を社員間で共有し、それを通じてコアバリューを実現させるための取り組みとしています。
まとめ
結局のところ、P&Gが行なっていることは何も目新しいものではありません。企業が目指す姿を明確にし、そのために適切な行動指針を立て、その実践として具体的な取り組みに落とし込む。そこでは、すでにいる社員がプリンシプルを踏まえた実地教育を行う。いわば王道です。それを実直に実践することで、マネジメント層として「なすべき判断、正しい判断」ができる人物が自然に育つということを示しています。もっとも、王道は一日にしてならず。さまざまなしがらみに絡められている企業にとっては耳に痛い部分もあるかもしれません。しかし、永続的な企業を確立させようと考えた場合、茨の道かもしれませんが取り組むべき価値のある事例なのではないでしょうか。