近年、ビジネスの現場で囁かれている「デザイン思考」という言葉。いまのビジネス課題を解決する上で、非常に注目されているキーワードです。そもそも、デザイン思考とは何なのか?何故、ビジネスの現場で求められているのか?
その本質に言及しつつ、事例やオススメの本などもあわせてご紹介していきたいと思います。
まず、デザイン思考とは?
Wikipediaの言葉を借りると、
デザイン思考(英: Design thinking)とは、デザイナーがデザインを行なう過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%80%9D%E8%80%83
とありますが、難解すぎてちっとも頭に入ってきませんね……
噛み砕いて説明すると「デザイナーがデザインをするときに用いる考え方や手法を用いて、ビジネス上の課題を解決する思考法」と言った感じでしょうか。
いやいや、ビジネスの問題を解決するならばビジネスロジックに沿って解決すれば良いんじゃないの?なぜ、デザインなの?デザイナーってオシャレなもの作るのが仕事じゃないの?
そう思った方は、鋭い。
なぜ、ビジネスをデザイン思考で解決することが、いまビジネスの現場で注目されているのか? それをデザイナー以外に必要とされる風潮となっているのか? そこをまずは理解していきましょう。
デザイン思考が注目される背景
話はちょっと昔、まだインターネットが普及していない時代に遡ります。パソコンや携帯電話も当然ありません。圧倒的に物やサービスが不足している時代です。情報は新聞やテレビの広告、知り合いから聞く「これいいよ」という話がメイン。新しさがあれば流行り、多少の不便さがあったとしても、バンバン広告できる資金力のある企業の商品が売れていた時代でした。
時は過ぎ、インターネットやスマホの普及で、気になった商品の口コミは簡単に見れる、似たような製品やサービスをすぐに比較でき、どこが安くて良いのか一目瞭然の時代。お金さえあれば、大抵のことは叶えられます。そうして消費者は、大量に溢れる情報の中から自分に合ったものだけを選ぶようになりました。
いくらテレビでCMを流そうと、自分にフィットしないもの、他の商品と比べて優位性ないもの、少しでも使いにくいものは、見向きもされません。「ただ新しい、革新的なものを作ればいい」という旧時代的なロジックは、通用しなくなったのです。
いままでのやり方は通用しなくなった! となれば、別の手法へチェンジするしかビジネスが生き残る道はありません。そこで注目されたのがデザイナーがデザインをする上で行なっていた思考プロセスでした。
デザイン思考のプロセス
デザインというと何かセンスが良い人が、ひらめきでオシャレなものを作る!みたいなイメージがあるかも知れませんが、いちデザイナーとして言いたい。
「センスだけじゃデザイナーはできません!」
むしろ、良いデザインはとても体系的な思考プロセスを経てデザインは生み出されます。
優秀なデザイナーがデザインの依頼を受けた時は必ず次のことをクライアントに聞いたり、自分で考えながらデザインを作っています。
①このデザインは誰のためのものか
②このデザインに触れる人はどんなものを求めているか
③どんなデザインにすれば彼らの求めているものを満たせるか
ここまでのイメージが腑に落ちてから、実際の製作に入ります。そして試作版ができたところで、それをターゲットとしている人たちに見てもらい④ターゲットに受け入れられるデザインであったかを確認します。受け入れられれば良いですが、もし受け入れられなかった場合、②に戻ります。
このように「誰が、どのようなものを求めていて、どんなものを作ればそれを満たすことができるか」を考え「実際に作ってみて、反応から改善案を導き出す」という思考を経てユーザーによりフィットしたものを生み出していくのがデザイン思考のプロセスです。
これは、どんな仕事にも応用することができます。「デザイン」を、あなたの「仕事」、置き換えてみてください。①この仕事は誰のためのものか
②この仕事に触れる人はどんなものを求めているか
③どんな仕事をすれば彼らの求めているものを満たせるか
④ターゲットに受け入れられる仕事であったか
もしあなたが、仕事を誰かに頼んだりするとして、これを考えて実行てきている人と、何となく仕事をしている人、どちらに頼みたいと思いますか?ビジネスでも同様に、これらを考え実行している会社とそうでない会社、どちらが成長すると思いますか?ここにデザイン思考が今求められている理由があるように思います。
デザイン思考の活用事例
このように、デザイン思考はユーザーの潜在的な需要を引き出し、真の悩みを解決していく手法です。そのため、実際に製品やサービスを使用しているユーザーの立場に立って考えることが必要になります。
デザイン思考から生まれた商品は、実は皆さんの身の回りにも数多く存在しています。ここからは、具体的にデザイン思考を活用した製品やサービスの事例を見ていきます。
事例①:JR東日本「Suica」
一つ目の代表例は、JR東日本が開発したICカード「Suica」。
いまでは通勤・通学に欠かせない存在となりましたが、1960~90年代は磁気定期券の方が主流であり、ICカードの定期券は実現性が薄いと考えられていました。
現在、Suicaを使えばワンタッチで改札機を通り抜けることができます。しかし磁気定期券を使う場合、ユーザーはパスケースから券を出し改札機に入れ、それを受け取り再度しまう、という面倒なステップを踏む必要があります。また磁気定期券では、定期圏外に乗り越した場合も毎回精算機で料金を支払わなければなりません。
JR東日本は、このような面倒なステップを踏む磁気定期券はユーザーが使いづらいうえに、駅構内の混雑を招きサービスの低下につながると考えました。
この問題を解決するために生まれたSuicaは、どの年代の顧客でも使いやすく、カードの読み取りが確実に成功するように設計が進められました。ICカードはパスケースの中に入れたままでも使える「非接触型」ものになり、スムーズに改札を通れるようになりました。事前にSuicaにお金をチャージしておけば精算機を使う必要もなく、改札を通るときに同時に引き落とされます。また、自動改札機側もタッチがしやすいように読み取り面が手前に傾けてあり、LEDライトによって場所が目立つようにデザインされました。不特定多数の顧客にとって使いやすいカードと改札機を開発するため、販売開始までにとなく実験が繰り返されたそうです。
このように、JRは「ユーザーがどこにストレスを感じているか」に目をつけ、彼らの潜在需要をSuicaに落とし込んだからこそ、ユーザビリティの高いSuicaを開発できたといえます。これこそ、「ユーザーにとっての良い体験」を創出した好例であると言えるでしょう。
事例②:セブン・イレブン「セブンプレミアム」
国内コンビニ大手のセブン・イレブンも、プライベートブランド(以下、PB)製品の開発にデザイン思考を活用しています。
かつて、コンビニのPB製品は「国内メーカーの出す製品よりも低価格であること」を売りにしているものが多く、コンビニ間で熾烈な価格競争が行われていました。しかし、セブン・イレブンはその常識を打ち破り、メーカーよりも高品質な商品を扱う「セブンプレミアム」というPBを発表しました。
中でも「金の食パン」は厚切りの食パン2枚で125円という高価格にも関わらず、発売から4カ月で売上個数1500万個を突破したといいます。こちらの商品が発売されたのは高級食パンブームが起こる以前の2013年ですが、なぜこれほどまでの大ヒットを遂げたのでしょうか?
「セブンプレミアム」ブームの要因の一つは、競合との低価格競争から抜け出し、新しいマーケットを開拓したことにあります。リサーチから消費者の「高品質志向」の流れをくみ取り、「美味しさにこだわった高級食パン」という消費者の潜在的なニーズを掘り起こしたのです。実は、「金の食パン」はコンビニのPBでありながら「生地を手でこねる」というステップを踏んでおり、価格よりも品質や食感を重視して作られているのです。
このように、デザイン思考を活用してユーザーのニーズを見据えることによって、常識を打ち破るイノベーティブな商品を生み出すことができるのです。
デザイン思考に関するオススメの本
デザイン思考に興味を持った方、もっと学んでみたいと思った方に向けて、オススメの本などをご紹介していきます。(※画像をクリックすると、Amazonの商品ページに飛べます。)
『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』
デザイン思考を身につけるための入門書です。著者の佐宗氏は、社会人になってからアメリカのデザインスクールに留学し、デザイン思考を体得した方です。著者は本の中で、これまでビジネスシーンで重要視されてきた論理的思考は「効率化をすすめる」ことができるのに対し、デザイン思考は「新しい商品やサービスを創り出す」のに効果的な方法だと位置づけています。
本の中では、デザイン思考のプロセスからリサーチ手法、そしてこれからのビジネスを担う人材の特徴について言及されています。デザインに苦手意識のある人でも分かりやすく体系立てて書かれており、21世紀を生きるビジネスマン必読の書です。
『デザイン思考が世界を変えるーイノベーションを導く新しい考え方』
デザイン思考を活用して、創造性の高いアイデアを生み出すコツについて書かれています。
一つの例として、発想法として「発散的思考」と「収束的思考」の2種類の手法が提唱されています。「発散的思考」ではブレストなどによって選択肢を生み出し、「収束的思考」では出た意見を1つのアイデアに着地させる、というものです。この2つを繰り返すことで、アイデアは複雑性を増し、革新的な発想が生まれやすくなります。
このほかにもイノベーションを生み出す手法が書かれているので、気になる方は読んでみて下さい。
『Web制作者のためのUXデザインをはじめる本』
UXとはUser Experience(ユーザー体験)のことで、ユーザーが製品やサービスを購入・利用して感じる印象のことを意味します。この本では「UXデザイン」、すなわちその体験を創出するための方法論を学ぶことができます。タイトルには「Web制作者」とありますが、Web以外の業界でも実践できる内容となっています。
例えばタイトルにも含まれている「カスタマージャーニーマップ」は、ユーザーがWebサイトに滞在する間の、感情の動きやストレス度に着目する分析手法です。こちらはWebサイトだけでなく、カフェや美容院など実店舗を持つ事業でも、ユーザー心理を分析するためによく活用されています。このように、かなり実践的な手法が盛り込まれているので、「UXをビジネスに取り入れたいけど、方法がわからない」という方におすすめです。
デザイン思考で活用される教材
では最後に、デザイン思考を社内で取り入れたい!というときに活用できる、インプット用の教材やスライドをご紹介します。
「はじめてのUXデザイン、はじめてのデザイン思考 〜現場で使えるように〜」
URL:https://www.slideshare.net/storywriterjp/ux-ise-technical-conference-2018
こちらの教材のテーマは「ユーザー心理を理解する」こと。スライド作成者の実体験にもとづく具体例やワークショップなども織り交ぜた内容になっており、デザイン思考になじみがない方でもイメージが膨らませやすいと思います。
「本場スタンフォード大学に学ぶ!デザイン思考入門」
URL:https://www.slideshare.net/kashinotakanori/113-15017448
「デザイン思考とは何か」という基礎的な内容から始まり、デザイン思考を実践するための5つのプロセス(共感・問題定義・創造・プロトタイプ・実践)についてまとめられています。各プロセスで注意すべき点が初心者にも分かりやすく示されており、より実践的な内容になっています。
まとめ
「デザイン思考」という言葉だけを聞くと、非デザイナーのビジネスマンには無関係のもの、と受け取られがちです。しかしデザイン思考の本質は、自分よがりの仕事、商品、サービスではなく、ユーザーのことを考え「ユーザーの良い体験を創出する」といった部分にあると思っています。モノと情報が溢れる現代の日本で、良い体験こそが人の心を動かすとすれば、デザイン思考は今の時代に求められているものを見出すための思考法とも言えるかもしれません。本記事で取り上げた活用事例や本なども参考にして、ご自身の参加されているプロジェクトでもデザイン思考を実践してみて下さい。
参照:
「Design Thinking 101」:https://www.nngroup.com/articles/design-thinking/
「JR東日本 Suica誕生までの軌跡」:https://www.jreast.co.jp/development/story/index.html
「最強のPB「セブンプレミアム」の強みとは?」:https://ent.smt.docomo.ne.jp/article/906095