この2つをうまく使うことで、プロジェクトチームの生産性を向上させることができるのです。
そこで今回は、「暗黙知」と「形式知」について考えていきます。
ナレッジマネジメントの「暗黙知」と「形式知」とは
ナレッジマネジメントとは、社員が個々にもっている経験や知識、スキルなどを組織的に管理・共有することでイノベーションを促し、企業全体の生産性を向上させるための経営手法です。経営学者である野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)が提唱した、「知識経営」が基礎となっている考え方です。
「暗黙知」とは、ハンガリーの科学哲学者であるMichael Polanyi (マイケル・ポランニー)氏が提唱した概念で、主観的で言語化することができない知識のことです。これに対し野中氏は、客観的にとらえることができ、言語化できることを「形式知」として位置づけました。
「暗黙知」と「形式知」の性質を整理すると、次のようになります。
形式知……言語化された明示的な知識、方法・手順、情報を理解するための辞書的な構造。客観的・組織的・理性的・理論的
「暗黙知」を形式知化する必要性
具体的な例を挙げてみましょう。とあるプロジェクトに加わった新メンバーが、提供するサービスの判断基準について既存メンバーに問いました。
これに対する既存メンバーからの答えは、「『暗黙知』としては判断基準を積み上げてきているが、言語化(形式知化)したものはない」というもの。そのため新メンバーは、求められているサービスの質を把握することも、プロジェクトを遂行することもできない状態でした。
そこで新メンバーは、メンバー全員で経験や知識を共有するために、「暗黙知」として積み上げてきたものを形式知化することを提案しました。すると既存メンバーは、「形式知化できるか分からない」と答えました。このとき既存メンバーは、今まで知識やノウハウを形式知化してこなかった理由として、時間がなかったことを挙げると同時に、「新メンバーにとって、形式知化したものがわかりやすいのか」ということを懸念していたのです。
とはいえ「暗黙知」だけでは、新メンバーが身体的・本能的に判断基準を身につけるには、かなり時間がかかります。迅速かつ高度なパフォーマンスを発揮するためには、形式知化されたマニュアルなどが必要でした。
まずはガイドラインや業務手順の作成から始める
そこで既存メンバーは、形式知化しやすい、サービスの判断基準の基になるガイドラインや業務手順などの作成から始めてみました。このほか、サービスのベストプラクティスや製品仕様、製品のデザインについての手順なども整備しました。さらに、形式知化した情報をクラウドで管理し、遠隔地のメンバーも常に最新の「形式知」として確認できるようにしました。
しかし、形式知化したからといって、メンバー全員が同じ判断基準をもって品質をアウトプットできるとは限りません。共有できる(すべき)知識や情報の形式知化を進めていくと、既存メンバーが積み上げてきた「暗黙知」が最後に残ります。これは、顧客の動向に関する感覚や、製品・サービスの質に関する知覚能力、他ではまねできない組織文化などといえるでしょう。
「暗黙知」と「形式知」は両輪で
企業の業務においてはデータベース化できる情報が多く、それらを共有すればよいという考えに陥りがちです。しかしデータベース化した情報を単体で存在させているだけでは、ナレッジマネジメントは成立しません。「暗黙知」から部分的に形式知化されている部分があるので、必ず両者を組み合わせる必要があります。
「暗黙知」に対応する形式知化されたマニュアルやガイドライン、または形式知化されたマニュアルやガイドラインに対応する「暗黙知」やその代替となる情報を組み合わせてはじめて、ナレッジマネジメントとして機能するのです。
既存メンバーの勘や経験値などの「暗黙知」は、形式知化しにくいものです。そのため新メンバーは、個々のメンバーとの定期的な社内ミーティングや、クライアントとのミーティングに同行させてもらうなどして、既存メンバーの「暗黙知」を知ることが重要です。そのとき既存メンバーは、対応するマニュアルやガイドラインなどを用いながら、新メンバーに知識やノウハウを伝授するなどの工夫をするとよいでしょう。
「暗黙知」と「形式知」は互いに保管し合うもの
「暗黙知」と「形式知」は異なる性質であり、互いに補完し合うものでもあります。経験値やコツなどの「暗黙知」だけでは、プロジェクトを成功させることはできません。かといって、マニュアルやガイドラインなどの「形式知」さえあればよいというわけでもありません。
この2つを両輪で動かすことにより、プロジェクトメンバーの行動を促進させることができ、それが新たな発見やイノベーションにつながり、プロジェクトの成功、ひいては企業の価値創造にもつながるのです。
プロジェクトを実行するときは、メンバー全員が「暗黙知」と「形式知」をうまく利用できる環境をつくるなどして、成功に導いてください。
参考:
『知識経営のすすめ−ナレッジマネジメントとその時代』野中郁次郎・紺野登著、ちくま新書(1992)
ナレッジマネジメントのキホン 「暗黙知」と「形式知」ってどんな意味?