新入社員や業務未経験者に必要なスキルや知識を身に付けるための研修がOJTです。しかしOJTの方法を誤ると、育てるどころか貴重な人材を失いかねません。人材不足の昨今、それは避けたいところ……。そうならないためにも、人材育成の失敗を招く「OJTに向いていない人」の特徴やOJTのコツ、成功事例を解説します。
OJTとは?
OJTとは、On-The-Job Trainingの略称で、現場で実践しながら行う社員育成方法です。年齢の近い先輩や経験豊富な上司が新人に並走し、社員の教育を行います。
厚生労働省が実施した「令和4年度 能力開発基本調査」によると、常用労働者30人以上を雇用している事業所のうち、63%の事業所が計画的なOJTを実施しているそうです。
実際に業務を進めながら、個々の習熟のスピードや知識に合わせて柔軟な教育ができるため、知識やスキルが身に付きやすいだけでなく、即戦力になると考えられています。
OJTの目的・重要性
OJTの主な目的は、実務を通じて新人を育て即戦力化することです。しかしOJTの目的はそれだけではありません。
OJTを実施することによって、指導者にとっても業務フローの深い理解やマネジメントスキルの向上が期待されています。
つまりOJTは、新人を戦力に育て、若手や中堅のメンバーをリーダーやマネジメント職に育てる、という重要な位置付けになっているのです。
また、OJTを通じて対象者と指導者の距離が縮まり、人間関係の構築につながることも重要な目的です。
OJTとOFF-JTの違い
OFF-JTとは、Off-The-Job Trainingの略称で、現場を離れて実施する社員育成方法です。現場で実務を通して学ぶOJTに対し、OFF-JTは外部講師を呼んで研修をしたり外部のセミナーに参加したりすることを指します。
教育内容を画一化しやすいため、指導者による指導内容の違いや質が異なることはありません。
新人を育成する場合、OFF-JTでは経営理念やビジョン、目的をはじめ、汎用的な知識や用語などを教え、OJTでは実務的な知識や手順を学ぶという形で組み合わされることが一般的です。どちらか単体で行うよりも学びが深まると考えられます。
OJTに向いていないマネージャー(指導者)の特徴
OJTのデメリットには、指導の内容や質、育成効果にばらつきが出ることが挙げられます。その大きな要因は、マネージャー(指導者)にあると言ってもいいでしょう。
以下に挙げる素質を持っている人は、OJTの指導者にアサインするのは辞めておいたほうが得策です。
業務の目的や意味を理解できていない
OJTの指導者には業務における豊富な経験が必要ですが、それだけでは指導者の素質に欠けています。OJTを行うには、業務の目的や意味を理解していなければなりません。
この点が欠けていると、新人が誤った理解をしてしまう恐れがあります。
否定的なコミュニケーションが多い
日常的に否定的なコミュニケーションをする人がOJT指導者になってしまうと、新人は心が折れ、仕事に対する意欲を失ってしまいます。指導者に対して萎縮してしまい、質問や相談が気軽にできない関係性ができあがってしまうでしょう。
また、OJT指導者の中には新人をライバル視する人もいます。後々自身の脅威になる気配を感じると、危機感を覚えて成長を阻害するような否定的な態度をとるのです。これでは指導者は務まりません。
相手に合わせた指導ができない
個々に寄り添った指導ができることがOJTのメリットにもかかわらず、相手に合わせた指導ができない人も、OJT指導者には不向きです。
人によって強みや個性が異なる中、自分がうまくいった方法だけを押し付けては意味がありません。新人の理解しやすい方法、パフォーマンスのよい方法を考えて、フレキシブルに指導を行う必要があるのです。
手順を体系化できない
古くは「先輩の背中を見て学べ」という新人指導がありましたが、それでは効率的な育成ができません。また、感覚で仕事をするタイプの人も同様で、OJT指導者が正しく業務手順を理解することは困難でしょう。
学ぶべき業務の手順を体系化し、それぞれのポイントや目的、根拠などを踏まえて指導を行える人が指導者に向いているのです。
自分の仕事を優先してばかりいる
OJT指導者は、自分の業務をこなしながら新人教育を行うことが一般的です。自身の仕事を優先してばかりで、OJTを疎かにする人が指導者になってしまうと、OJTに身が入らず、新人は学ぶべきことを学べなくなってしまいます。
自分の仕事を優先しOJTを蔑ろにする指導者に付いてしまった新人は、遠慮して質問すらできなくなってしまうかもしれません。放置されていると感じ、退職してしまう恐れもあります。
人の意見や話を聞かずに自分の意見を押し付ける
人の意見を聞かずに自分の意見を押し付ける人も、OJTには不向きです。OJTのマニュアルや自身の経験を活かして指導することも大切ですが、重要なのは新人が覚えやすく、実践しやすい指導です。
その上、意見を押し付けてばかりのOJT指導者では、信頼関係を築くことができません。入社して最初に関わりを持つOJT指導者との関係性を構築できないことは、新人にとってマイナスでしかないのです。
人に対する愛情がない
指導者は後輩に対する愛情を持つことが大切です。親身に寄り添い、成長を願えるような、愛情を持った人でなければ務まりません。
任されたから渋々やっている、自分の実績のためとしか思っていないなど、指導の根底に愛情がないと、新人はアドバイスが受け入れられず、成長がストップしてしまうでしょう。
OJTに向いているマネージャー(指導者)の特徴
ではどんな人がOJTに向いているのでしょう。即戦力になる人材を育てるために必要な素質を解説します。
主体性がある
OJTに向いている指導者は、主体性を持って指導に当たることができます。新人によって得意・不得意や経歴の差があるため、OJTに苦労することもあるかもしれません。しかし主体性のある指導者は、新人にあった指導方法を考えられるでしょう。
自分の日常業務を卒なくこなせる人
OJTを実施している間でも、自身の業務は卒なくこなせる人がOJTに向いています。そもそもの業務でリソースがいっぱいになっている人は、時間だけでなく気持ちにも余裕がありません。
日頃から日常業務を余裕を持ってこなしている人であれば、効率よく業務にあたるコツも教えられるでしょう。
自分の経験を活かすリフレクションスキルがある人
リフレクションスキルとは、経験や実績を振り返るスキルのことを言います。リフレクションスキルを持っている指導者は、新人にもリフレクションを促し、根拠のある指導を行うため、大きな成長が期待できます。
また、自身の指導でもリフレクションを行うため、より効率的な指導方法や伝え方を見出すことができ、OJTを自身の成長に結びつけることができるのです。
褒め上手・𠮟り上手
人と人とのコミュニケーションであるOJTには、褒め上手・𠮟り上手な指導者が必要です。
良い部分、成長した部分を積極的に褒めることで、自信ややる気を引き出せるでしょう。褒め上手な人は、ただ闇雲に褒めるのではなく、「何が良かったのか」を明確に分かるような褒め方ができます。成長が思わしくない新人がいても、何かしらの“褒めポイント”を見つけるのです。
また、𠮟り上手であることも重要な要素です。叱られると、多くの人は不快になったり自信を失くしたりします。そのため、態度や言葉、シチュエーションに気を配って叱る必要があるでしょう。
褒める時同様に、𠮟り上手は「何が問題だったのか」「どのように改善する必要があるのか」を明確に伝え、次回に活かせるような叱り方をします。
説明が上手
説明が上手であることも、OJT指導者に向いている人の特徴といえます。説明が上手な人とは、しっかり整理した情報を伝えられる、相手の知識や理解能力に合わせて説明できる人のことを指します。
説明が上手な人に指導された新人は、業務フローや目的などを効率よく理解し、業務に反映できるため、成長スピードが上がるでしょう。
OJTのコツ
効率良くOJTを進めるには、これから紹介する2つのコツをおさえておきましょう。
育成は組織ぐるみで
OJTを指導者に丸投げするのではなく、会社や部署、チームで一丸となって取り組みましょう。指導者に任せきりにしてしまうと、ひとりの負担が大きくなることはもちろん、新人の成長の幅が広がりません。
新人を全員で気にかける、OJTの一部を切り分けて他の担当者に任せるなど、全社的な取り組みが必要になるのです。
世代による価値観の違いを尊重する
指導者と新人、世代が異なれば価値観も異なります。指導者の価値観を押し付けず、相手の持つ価値観を尊重するようにしましょう。もしくは、似た価値観を持つ世代の近い人を指導者としてアサインするのも一案です。
「価値観は変化している」ということを念頭に置き、指導者は相手の話をよく聞くことを心がけましょう。
OJTトレーナー育成のポイント
OJTの素質を持った人は、トレーナーとして育成することで、さらに組織にとって有益なOJTを実施できる人材になるでしょう。育成には3つのポイントがあります。
社内で育成計画を共有
ひとつめは育成計画の共有です。指導者だけに負担がかかるOJTでは、新人だけでなく指導者まで潰しかねません。
上司や人事などを含めた組織全体で育成計画を共有し、新人教育の傍ら、トレーナー育成を行います。
トレーナーとしてのスキル教育を行う
指導者には人材育成理論を学ぶ機会を与え、指導するスキルを身に付けておきます。特に人に教える経験やマネジメントの経験が浅い人には欠かすことができません。
コミュニケーションの方法やコーチング、ティーチングなどのスキルを学べる場を、組織が作るようにしましょう。
フォロー体制を整える
OJTをトレーナーに任せきりにならないような環境を作ることも大切です。トレーナーが抱え込んでしまうと、OJTがうまく進まなくなってしまうだけでなく、トレーナーの通常業務に支障をきたしてしまうことも考えられます。
トレーナーの通常業務を調整したり、相談できる場を作ったりし、フォロー体制を整えておきましょう。
OJTでよくある失敗事例
OJTに失敗すると、新人の人生を変えたり、組織にとって必要な人材を失ってしまったりすることもあります。よくある失敗例を知っておくことで、事前に対策をとることができます。
人事と連携できていない
人事と現場の連携がとれず、ギャップが生まれてしまうと、OJTは失敗するケースがあります。
OJTの目的や目標が人事から指導者に伝えられないままOJTをスタートさせると、進め方に迷い、結果だけを重視した指導になってしまうのです。
また、新人のスキルやキャリアプランが人事から指導者に伝えられず、新人が指導者に違和感を抱いたり、不満を持ったりすることもあります。
無計画な指導
無計画な指導をしてしまうと、OJTによって新人を疲弊させる恐れがあります。順序がバラバラだったり、局所的な指導ばかりで体系的に学ぶ機会がなかったりし、即戦力どころか、混乱を招きかねません。
OJTの最終目標から逆算して研修のスケジュールを決め、効率よく目標のレベルを目指せるような計画を立てましょう。
OJTの成功事例
今や多くの企業が新人教育としてOJTを取り入れています。その中から、実際の成功事例を3社挙げてみました。
三菱電機ビルソリューションズ
三菱電機ビルソリューションズは、エレベーターやエスカレーターの日本国内トップシェアを誇る企業です。OJTを「人づくり」の一環として重視しており、技術者は5年、事務職は3年という長期的なOJT期間を設定して人材を育成しています。
OJTとOff-JTの、どちらも行うことで、指導のムラを最小限にし、OJTでは育成責任者と指導者(トレーナー)で役割分担を行い属人的な指導になることを防いでいます。
▶︎三菱電機ビルソリューションズのOJT事例
スターバックスコーヒー
スターバックスコーヒーもOJTに力を入れて人材を育成しています。
アルバイトから正社員まで雇用形態にかかわらず80時間のOJTを設け、自社の歴史や企業理念、ミッションを教育することで、短期間で現場でも通用する人材を育てています。
「グリーン・エプロン・カード」は、スターバックスコーヒーのOJTをサポートするツールとして知られています。これは、企業理念やミッションに沿った行動をしている人にカードを渡す取り組みです。これにより社員同士が認めあう企業文化ができあがるのです。
▶︎スターバックスコーヒーのOJT事例
古河電気工業株式会社
電線ケーブルや光ファイバーなどを取り扱う老舗企業、古河電気工業株式会社も、OJTによる新人育成に成功しています。
古河電気工業株式会社では、「OJTリーダー」を中心に、組織のメンバー全員で新人を育成する「OJTリーダー制度」 を取り入れています。この制度は、新人教育と同時に、育成する社員を次世代リーダーに育て上げて双方のスキルアップのほか、組織力の強化を目的としているのです。
▶︎古河電気工業株式会社のOJT事例
まとめ
人材不足の昨今、即戦力を育てることや離職率を下げるような研修制度・仕組みは必要不可欠です。貴重な人材を大切に育成するために、社員育成方法を見直してみてはいかがでしょうか。
また、人材育成には「自社で働いてくれる従業員のことを本気で思うこと」を忘れてはなりません。どうしたら自社で気持ちよく業務に取り組めるか、どうしたら自社を好きになってくれるかを考えて仕組みを作りましょう。