不安定な社会情勢の中で、企業として生き残るために「エンパワーメント」はとても効果があると考えられています。
具体的にどのようなアクションをすれば、エンパワーメントが高まるのでしょう。その問いに答えるべく、エンパワーメントの語源や実践するコツ、成功事例を解説します。
エンパワーメントとは?
エンパワーメントとは「能力や権限を与えること」を意味し、17世紀には「公的な権威や法律的な権限を与えること」という法律用語として使われていました。
20世紀になると、市民が強いられている抑圧への反発を発端とし、アメリカで起こった自由公民権運動や先住民運動、フェミニズムなどの市民運動を経て、エンパワーメントの概念が定着しました。
現在では、社会福祉や教育、企業や組織でも、エンパワーメントは「力を与えること」という概念として注目されています。
ビジネスにおけるエンパワーメントとは?
ビジネスシーンで用いられるエンパワーメントとは「自立性の促進や能力の底上げ」などの意味合いを持ちます。会社や組織を構成するメンバーに権限や力を与えることで、本来持っている能力を発揮し、決断力アップやスキルアップが期待できます。
メンバーのエンパワーメントには、教育プログラムの整備やサポート体制の構築が必要です。組織のポリシーや行動指針など、行動の基準をメンバーに周知し、足並みを揃えることが重要です。
エンパワーメントを高める方法について、次章から詳しく解説します。
エンパワーメントを高める2つのアプローチ
メンバーのエンパワーメントには、構造的アプローチと心理的アプローチの2つが必要だといわれています。それぞれどのような施策をすべきか、詳しくみてみましょう。
構造的アプローチ
関係概念として捉えられる「構造的アプローチ」は、経営者などの相対的にパワーを持つメンバーがパワーを持たないメンバーにパワーを与えることです。これは、経営学的・社会学的なパワーにフォーカスしたアプローチです。
例えば
・従業員に対する大幅な権限の付与
・管理者だけが持っていた権限を部下に譲渡する
・従業員が意思決定に参加できる仕組みの整備
などの、権限(パワー)を委譲することによるエンパワーメントが、構造的アプローチです。
構造的アプローチで重要なのは、組織のポリシーや構造を見直して再設計し、エンパワーメントにつながる仕組みを作ることです。メンバーに権限を委譲するために、最終的な責任の所在や委譲する権限の範囲などを明確にしなければなりません。
それによって権限を与えられたメンバーは、本来持つ力を発揮し会社や組織に大きな影響を与えると考えられています。
心理的アプローチ
「心理的アプローチ」はモチベーショナルな概念としての捉え方であり、持ち前のエネルギーや意志を尊重し引き上げることで、仕事に対するモチベーションを高めようとすることを指します。
経営学的・社会学的なパワーにフォーカスした構造的アプローチに対し、心理学的なパワーにフォーカスを当てています。パワーは力を持つ者から与えられるのではなく、自分自身が持っているものという考えです。
例えば
・自己効力感や有意味感を育てる
・意思決定に対するフィードバックの実施
など、心理的にエンパワーすることを指します。
心理的アプローチをする上で重要なのは、構造的アプローチと並行して実施することです。権限が委譲されていなく、意思決定にも参加できないと、自己効力感や有意味感を育てることができず、エンパワーメントを高めることは難しいでしょう。
構造的アプローチと心理的アプローチ、どちらもエンパワーメントを高めるには欠かせないものであることが分かります。
エンパワーメントを実践している企業事例
ここまで漠然としたエンパワーメントについて話してきましたが、より理解を深めるために、エンパワーメントを実践した事例を紹介します。エンパワーメントの成功事例から、学んでみましょう。
GAFAMのひとつである巨大IT企業のGoogleでは、社内情報を積極的に公開することで社員に権限委譲をし、自立した働き方を促しています。
週に1度行われる全社員ミーティングでは、Googleのトップが会社の決定事項や今後の展望、製品の状況などを説明しています。さらには質疑応答や意見交換ができる時間が設けられているため、ビジネスを自分ごととして考えやすいといえるでしょう。
情報をオープンにすることで社員のモチベーションを上げ、エンパワーメントを高めているのです。
株式会社星野リゾート
星野リゾートは、「星のや」・「界」・「リゾナーレ」・「OMO」の4つのブランドを手がける老舗企業です。
各施設には、トップである総支配人、その下の役職であるユニット・ディレクターがいますが、これらのポジションは上から任命された人が就くのではありません。
やりたい人が手を挙げ、どの人がそのポジションに相応しいのかを議論して選出するように仕組み化されているため、スタッフが各々オーナーシップを持って仕事に取り組むことができ、エンパワーメントを実現しているのです。
このようなフラットな志向が根付いている星野リゾートでは、経営情報は常にオープンにされています。ポジションに関係なく経営会議に参加し、誰でも発言や質問、意見できる文化があることも特徴です。
ザ・リッツ・カールトン
「ザ・リッツ・カールトン」は、マリオット・インターナショナルが世界規模でチェーン展開しているアメリカの有名ホテルです。全世界に100以上のラグジュアリーホテルを有する超高級ホテルグループで、そのホスピタリティは高い評価を受けています。
「ザ・リッツ・カールトン」のスタッフは、自身の判断でサービスを提供できる裁量が与えられています。
例えば、誕生日や記念日に宿泊したゲストに対し、上長の了承を取らずともカードや花、ケーキなどの用意ができます。スタッフはゲストへのサービスとして、1日に最高2000ドルを使用できる決裁権を持っているのです。
エンパワーメントの仕組みにより、ゲストにとって最良のサービスの方法をスタッフ自らが考えることで自立を促し、スピーディーなサービスが提供することで顧客満足度をあげています。
スターバックス コーヒー ジャパン
アメリカ シアトル発の人気コーヒーチェーン、スターバックス コーヒー ジャパンでは、理念や使命は周知徹底しているものの、細かな接客マニュアルがありません。
接客マニュアルにあるのは「お客様が何をして欲しいのかを考える」という内容のみなので、スタッフはおのずと「お客様を喜ばすために何ができるか?」を考えるようになります。
また、顧客満足度の向上に貢献したスタッフにはインセンティブが付与される制度があるので、モチベーションにつながります。
接客する方法をスタッフに一任しつつ、評価制度を整備するというエンパワーメントを実施しているのです。
株式会社メルペイ
株式会社メルペイは、フリマアプリ「メルカリ」から生まれた金融関連の事業に取り組む企業です。
メルペイが実践するエンパワーメントは、月に1回社員を対象にアンケートを実施し、その結果をスコア化し可視化していることです。アンケート結果は公開され、課題解決の考え方や方法、具体的な施策を社員に説明することで「経営陣の本気度」を現場に見せています。
これにより、社員の理解やモチベーションのアップが期待できるのです。
エンパワーメントのメリット・デメリット
企業でエンパワーメントに成功した事例を見ると、これからのビジネスシーンに必要なアクションだと感じますが、エンパワーメントにはデメリットもあります。実践する前に、エンパワーメントのメリットとデメリットも把握しておきましょう。
メリット
マネジメントスキルが身に付く
エンパワーメントによって裁量を得ると、自発的な行動ができるようになります。判断するために業務を深く分解したりPDCAを回したり、組織を動かすような行動が取れるようになるでしょう。
責任感が増す
上司の指示ではなく自分自身で意思決定をするようになると、業務に対する責任感が増すと考えられます。
意思決定には少なからず責任を伴うため、メンバーが業務について自発的に考える機会を持ったりオーナーシップを持ったりするでしょう。
モチベーションが向上する
人材不足の昨今では離職率を下げることが求められますが、エンパワーメントも一役買うと考えられます。エンパワーメントによって裁量の幅が広がると、やりがいを感じられるでしょう。モチベーションの高いスタッフが増えると、企業の雰囲気が良くなり、業績アップも期待できます。
労働生産性が向上する
エンパワーメントによって裁量を得ると自分自身で判断ができるようになるため、「待ち」となる時間がなくなります。意思決定スピードが上がると企業は機動力を持つようになり、労働生産性が向上します。
デメリット
目的や目標にズレが生じる
各々が裁量を持つことで、目的や目標にズレが生じることが考えられます。人によって異なる判断や行動をするようになると、顧客への対応やチームの動きに差が出始め、信頼を失ったり不満が生まれたり、悪くすると衝突が起きたりします。
エンパワーメントによって裁量を与えるには、一定の判断基準となる指標が必要です。また、組織が目指す方向性やポリシーを共有しておくことも有効です。
負担に感じるメンバーもいる
エンパワーメントが全ての人にプラスの働きをするかというと、そうではありません。裁量を持って、意思決定をしながら業務を進めることに楽しさを見出す人もいれば、裁量は負担でしかなく、プレッシャーになってしまうこともあるでしょう。
エンパワーメントがアンマッチとなる場合、生産性やモチベーションの低下につながりかねません。スキル不足によって失敗や損失が発生する恐れもあります。
経験値や知識、適正によって裁量を与える範囲を変える必要があり、それには見極める力が必要です。
エンパワーメントを実践する前には、1on1ミーティングの実施がおすすめです。また、エンパワーメントを導入したあとは、スキルが追いついているか、リソースに無理がないか、適切な判断ができているかを見守り、必要に応じてフォローを行いましょう。
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エンパワーメントを実践する方法
最後に、エンパワーメントを実践する具体的な方法についてお話しします。エンパワーメントを導入する時には、これから解説する3つを意識してみましょう。
エンパワーメント推進を社内に伝える
エンパワーメントに取り組む時には、社内への周知からスタートさせましょう。
責任を押し付けられたと感じたり、必要以上に不安な気持ちになったりしないように、
・エンパワーメントの必要性
・導入後の展望
・実際に導入するまでの流れ
などを説明し、共通認識を持つことが重要です。
エンパワーメントを推進するためには、勉強会やディスカッションを行うことも効果的です。あらかじめメンバーの理解を深め、不安は払拭しておきましょう。
情報を公開し権限を委譲する
権限の委譲には情報の公開が鍵を握っています。情報とは、ポリシーや経営戦略はもちろん、評価や経理状況などを指します。
社内の重要な情報を公開することには、覚悟が必要かもしれませんが、正しく判断をするためには必要なことだといえます。
これまで公開されていなかった情報が公開されることで、メンバーへの信頼を示すことができるでしょう。また、情報を公開されたメンバーの責任意識やモチベーションは高まると考えられます。
エンパワーメントの方法について振り返りと業務改善を行う
エンパワーメントを導入したら、必ず定期的な振り返りや業務改善を行いましょう。権限を委譲されたといっても、業務に反映させるのには時間がかかります。
定期的な振り返りの機会を設けて、施策についてディスカッションすることをおすすめします。やりにくいことや失敗したこと、うまくいったことなどを振り返り、より良い体制で仕事ができるよう業務の改善案を練ります。
振り返りは、慣れてくるにつれて開催する回数を減らしても構いません。
OODAループを用いた業務進行
振り返りを行う時には「OODAループ」というフレームワークを用いるとスムーズです。
意思決定をする時には、
Observe(観察)
Orient(状況に対する適応・判断)
Decide(意思決定)
Act(行動)
の4つのステップを踏むと良いと考えられています。
客観的な視点で情報を集め、置かれている状況を分析し、Decideで明確に意思決定を行い、それらの結果を元に行動を起こします。そして、得られた成果を元に同じサイクルをたどります。
OODAループについては「PDCAサイクルとOODAループ、新しいプロジェクトを進めるにあたってのその本質とは」で詳しく説明しています。
まとめ
エンパワーメントは、さらに強固で対応力のあるチームを作るための手段です。エンパワーメントする方、される方、どちらにとっても容易なことではありませんが、人材不足と叫ばれる昨今、一人ひとりの力を引き上げるためには、エンパワーメントが欠かせないといってもいいでしょう。
まずは小さな規模から始めてみると、コツが掴めるかもしれません。エンパワーメントの成功を願っています!