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2019.05.01

「平成」の30年間を、幾つかのビジネスマンガ作品を通して振り返ろう

いよいよ平成が終わります。令和へと変わりますが、読者の皆さんもこの1ヶ月ほど各種メディアを通して平成をおさらいする企画を数多く目にしたことと思います。曰く、デバイスが大きく変遷した30年だった。確かに、2008年のiPhone発表(日本国内)に至るまでとその後もデバイスを巡って大きなドラマがありました。あるいは、数度の震災など自然災害が語られるものもありましたし、またはベルリンの壁崩壊から湾岸戦争、9.11同時多発テロから近年のISISの活動までも。

本メディアでは、決して短くない30年をどう語ろうか、と考えた結果、「働き方」を捉える視点から幾つかのビジネスマンガ作品を取り上げて振り返っていく試みをしてみました。

平成年表

  • 1989年(平成元年)1月 1月8日から
  • 1989年(平成元年)11月 ベルリンの壁崩壊
  • 1991年(平成3年)1月 湾岸戦争
  • 1993年(平成5年)8月 非自民・細川内閣誕生
  • 1994年(平成6年)6月 自社さ・村山内閣誕生
  • 1995年(平成7年)1月 阪神大震災
  • 1995年(平成7年)3月 地下鉄サリン事件
  • 1997年(平成9年)11月 山一證券自主廃業
  • 2001年(平成13年)9月 9.11同時多発テロ
  • 2002年(平成14年)5月 日韓ワールドカップ
  • 2003年(平成15年)3月 イラク戦争
  • 2008年(平成20年)9月 リーマンショック
  • 2009年(平成21年)8月 民主党・鳩山内閣誕生
  • 2011年(平成23年)3月 東日本大震災
  • 2012年(平成24年)12月 第2次安倍内閣誕生
  • 2016年(平成28年)11月 トランプ政権

参考:https://www.asahi.com/special/timeline/heisei/

平成と同時に誕生した時代を代表する作品は、ひたすら暑苦しいサラリーマンマンガ『宮本から君へ』


参照:宮本から君へ
初出1990年~1994年 『週刊モーニング』

作品紹介

2009年の復刊の際に帯に冠していたキャッチコピーは「バブル期の日本で最も嫌われたマンガ」
大学を卒業して都内の文具メーカー・マルキタの営業職に就いた宮本浩を主人公とする青春もの、と一言で説明できますが、荒唐無稽でもなく、清々しさも感じられず、むしろ暑苦しく汗臭い作品で、フツーの社会人なら「実際にこんなやつがいたら迷惑だよな」と反応するように描かれています。

全体のストーリーは、概ね3部に分かれます。1部が、主人公が朝の通勤電車で一目惚れをする女性との恋バナ。2部が、ライバル社の営業とのコンペなどを経ての成長(?)を追いかける物語。3部が、1部で交際していた女性との別れの後に出会った女性と彼女と取引先関係者との間に生じた事件が物語の中心となるもの。

主人公は、いわゆる「中二病」のまま営業職に就いています。そもそも営業などできるわけがない、とも言える。実際にストーリーの中で何度も「お前、営業やめろ」と周囲から言われます。社会人になるということの本質は、人の気持ちを慮ること、思いやりを持つこと、気くばりできることを学んでいくということでもあります。主人公は極めて不器用に、そうした洗礼を浴びていくのですが、彼の周囲は時に振り回され、あるいは彼に同化し同じ熱を持ってコトに挑み惨敗します。カタルシスとは無縁の物語でもあるので、「嫌われる」という評価も当然です。が、もちろん、一方で当時も熱狂的なファンが存在していたのも事実です。

昨年、このマンガがドラマ化されています。
ドラマ版・宮本から君へ

20年以上たって、大きな支持を集めているというのも不思議な感覚ではありましたが、作者がなるほどという見解を示していました。

──ドラマの『宮本』は、今の若い人にはどう見えていると思いますか?

「自分の自意識の暴走が嫌だ」と言いながら、自意識モンスターみたいな宮本を描いていたんだけど、もし今の若い子がドラマで宮本を見て、当時よりも受け入れやすくなってるんだとしたら、「あっ、やっぱり」って思う。

──「やっぱり」というのは?

要するに、SNSをやっていることで、自意識が暴走してるやつが増えてるんだろうなと。連載当時に嫌がってたやつは、その自意識を見たくないというのがあったと思うんだけど、もし今宮本を見て「わかる」という感覚の人が増えてるとしたら、それは世の中全体が自意識に振り回されているからだと思う。
引用元:https://magazine.manba.co.jp/2018/06/14/special-maeda-miyamoto/

女性編集者が前線で活躍する『働きマン』〜働く女性が当たり前になる

初出2004年~『週刊モーニング』
次は、週刊誌編集部を舞台に女性編集者が登場するマンガ。

作品紹介

松方弘子は28歳で独身。そして、週刊『JIDAI』編集部の女性編集者。弘子は、編集長・上司・同僚たちと一緒にジタバタしながらも良い雑誌を作るために日夜奮闘中。寝食を忘れ、恋人との逢瀬も犠牲にし、ジレンマに悩み、誰かとぶつかり、ココロにキズを作りつつ。一生懸命働く人に、男も女も関係ない。登場人物の奮闘を通して「仕事とは」「働くとは」に向き合った作品です。

「女性が働く姿」を主題にした作品は、これに限らず既にたくさんありましたが、シングルマザーを多少悲観的に描いたり、そもそもレアケースであることを前提に描かれたり(これは、そうでなければ売れなかったからでもあるでしょう)積極的な視点では作品化されていなかったのではないでしょうか。

2000年頃から女性就業率が高まっていったのですが、このマンガは2004年の連載開始でした。

 

登場人物それぞれを主役に各話のストーリーが導かれます。個人的に愛着があるのは「いつか勝負をかけるぞマン」(第20話)の新人・田中。
彼はちゃんとウラのとれてないスクープを認めてもらえず、編集デスクに「リスキーなことやんなきゃ紙面なんてあたらしくなんないっすよ」と怒鳴りちらすのですが、そもそもそのネタはガセで編集部の皆に呆れられ、あだ名を「リスキー」を命名されます。
こういう熱さはわかりやすい。さっきの宮本との熱さの違いを感じてほしいところです。

ちなみに、このマンガもドラマ化されています。2015年にはアニメも制作されています。

『サラリーマン金太郎』は日本を代表する平成の会社員マンガ

初出1994年〜 『週刊ヤングジャンプ』

サラリーマンマンガを取り上げると決めた時に、この作品ともう一つは外しようがないなと思えたそのまず1つ目を取り上げましょう。

何度もドラマ化されていますし、認知度も上記2つと比べると遥かに高いでしょうから、作品紹介は割愛します。このマンガについては、個人的によく覚えていることがあるのでそれを紹介しておきます。この作品が書かれる前に、作者・本宮ひろ志氏には『雲にのる』という作品があり、これが仏教世界を舞台に少年が(戦いながら)成長していくというストーリーでした。作者インタビューで「もともと、一人の男が一介のヒラから社長にまで上り詰めていく物語を書きたかった」と語っていました。その後、この『サラリーマン金太郎』が発表されたというわけです。

 

このマンガの一番のトピックは、金太郎が入社後のオリエンテーションで「会社と・・・・・・恋愛をしたい」というセリフが生まれたことではないかと思っています。

・会社とは
・仕事をするとは
・生きていくということは

作者は、実直にその問いに向き合い答えを出したのではなかったか、と思えました。当時素直にすごいセリフだな、と感嘆したことをよく覚えています。

ちなみに、金太郎から学ぶ名言集みたいなコンテンツもインターネット上にはたくさんありました。

少し視点を変えて、選んでみると

今回ピックアップしたものの、いったんは選から漏れそうになった2つのマンガを紹介します。
それぞれ、
・ストーリーマンガではない
・サラリーマンじゃない
という点がありますが、選ぶ理由ももちろんある作品です。

OL進化論

1989年50号より連載中。『週刊モーニング』

 

作品紹介:
なんと昨年、2018年第19号で、連載1300回を達成したそうです。本記事の趣旨に沿えば、例えばこの作品を取り上げるだけで世相も社会も振り返ることができそうです。
この作品は、ストーリーマンガではなく4コマ連載ですが、OLの生態を通して社会を活写するスタイルのマンガですので、連載当初のバブルな雰囲気からすぐにバブル崩壊後のサラリーマン悲哀のような内容に遷移しています。
もちろん、メインキャラクターたちの快活さを活かして深刻ぶることなく世相をあっけらかんとしたエンターテイメントに昇華させているところがこの長寿マンガの真骨頂でしょう。

 

俺はまだ本気出してないだけ

2012年 『月刊IKKI』

 

作品紹介:
大黒シズオ、42歳。バツイチで子持ち。「本当の自分を探す」と勢いで会社を辞めるも朝からゲームばかり。父親には毎日怒鳴られ、高校生の娘に借金し、バイト先ではミス連発。そんなある日、突然「俺、マンガ家になるわ」と宣言。根拠のない自信をもとに出版社に持ち込みを続け、編集者に励まされつつ雑誌掲載を目指す日々。

第1巻には、『生きる』というエピソードがあるのですが、そこでシズオが語っている「自分の歳、3で割ってみな」という考えが面白いので紹介しましょう。

人生を24時間に例えると、自分の年齢を3で割るとその人が「いま何時にいるか」がわかる』と言います。
シズオは助けた女の子に言います。
「24歳なら朝8時だろ。まだこれからじゃないか」
18歳なら朝6時なので「まだ始まってもいねえよ」と言ってしまえるわけです。ト

 

さて、そういうシズオが本当にマンガ家になれるかどうかは実際に確認していただくとして、
このマンガの背景には、深刻な社会問題もあります。
バブル崩壊後の1993年~2005年の就職氷河期に社会に放り出され、その後のキャリア形成期にはデフレとなってしまって給料が上がらないまま30代後半から40代の中年になった一定数の人たち。ロスジェネ世代と呼ばれますが、2017年の35~44歳のロスジェネ世代の非正規の人数は372万人に及び、15年前に比べてなんと100万人もの増加です。さらに、40代全体の未婚率を見てみると、40代前半で24.6%・40代後半で21.0%となっており、およそ4~5人に1人が未婚です。これは、そのまま孤独死予備軍の数字でもあります。

クリエイティブ志向の若者たちの支持が熱い『左利きのエレン』


2016年〜 『cakes』
2017年〜 『少年ジャンプ+』

最後に取り上げるのは、編集部の女子に教えてもらった極めてユニークな作品。まず、初出連載がWebメディアであった点。ぼくも、Kindleとcakesで読みました。

作品紹介

大手広告代理店に勤める駆け出しクリエイター・朝倉光一を主軸に、広告の仕事や周りの人間関係の模様を描いていく作品。
時間が行きつ戻りつしながら、ストーリーが進みますが、大雑把には主人公・光一の美大受験→美大時代→広告代理店と進んで、デザインの世界で生きていく中での挫折と成長が描かれます。
ちなみに、タイトルの「左ききのエレン」とは光一が高校生の頃に出会った天才的な躍動感ある絵を描く女の子・山岸エレンのことで、彼女ももちろん物語のキーパーソンです。

ー天才になれなかったすべての人へー
これがこのマンガのキャッチコピー。キャッチコピーというか、中扉に配置されているので、テーマと言ってよいのでしょう。

「才能とはなにか」
「自分の限界とどう向き合うか」
「天才を前にどう行動すべきか」
など、ストーリーの中で何度も同様の問が語られ、光一をはじめ悩む登場人物の姿を通して読者にその回答の一部を示していく構造になっています。

「凡人」VS「天才」
特に前半では、主人公であり、才能を求め努力を続ける凡人・朝倉光一、そして絵を書くための手を持った天才・山岸エレンの2人の対比が鮮やかです。

正直なところ、人生後半にかかっているぼく自身はあまり「天才性」みたいなところにはストレートに反応できませんが、それでもいくつか非常に印象的なシーンやセリフがあります。

「才能ってもんの正体を知っているか?」
クリエイティブ・ディレクターの寺田が語る場面があります。

 

「集中力の質」がその答えだと語ります。

1) 集中力の長さ・・・集中力の継続可能時間。

2) 集中力の深さ・・・集中力の深度、耐久度。

3) 集中力の早さ・・・集中深度が深まる速度。
「長さ」「深さ」「早さ」の掛け算で、その天才性が評価できるという考え方は新鮮でした。

「これ、使えるじゃん」とすぐに思いました。

 

また、物語の序盤、「オレは…オレの事ばっかりだ…」は、新入社員ばかりでなく多くの社会人(サラリーマン)に共通の失態であるとも言えるのではないかと考えられ、とても心に残ります。このマンガがまさにここから始まる物語であることも重要だったのではないかと思います。

「オレのことばっかり」という言葉と、冒頭に取り上げた宮本との同質性に注目したくなります。

今回取り上げている作品群の中で、ダントツに年代が若いのですが、登場人物が働いているのは広告代理店です。広告産業を少し振り返っておきましょう。
平成の30年間は、インターネットの進化の時間でもあります。
インターネットの一般化は1995年です。2006年にはmixiが上場し、TwitterやFacebookが登場しています。Youtubeの登場はその前年。2007年にiPhoneが発表され、それまでとインターネットの使われ方には非常に大きな変化が訪れます。
日本では、インターネット普及率が半数を超えたのは2001年からで、1997年までは10%に満たない状況でした。2018年は約86%になっています。
一方、紙メディアの代表として新聞購読者数を確認してみると、1987年にピークを迎えて以降減り続けています。2017年以降は1.0(1956年を基準とした値)をついに下回っています。
TV視聴率も、出版物売上も同様にピーク減しています。

そんな背景はもちろん、物語の中でも語られ、広告の提案にバイラルキャンペーンが活用されたり、Web動画は大前提として話が進んだり、広告マーケットの変化も描かれているところは現在進行の作品ならではです。

圧倒的な人気のスーパーサラリーマン『課長・島耕作』

1983年から1992年まで掲載 『週刊モーニング』

さて、トリです。言わずとしれた島耕作シリーズ。広告の話題からつないでいきましょう。

島耕作シリーズには、屋外広告を取り上げるエピソードが幾つかありますが、言ってみれば完全に昭和の物語になってしまっている印象です。

屋外広告の広告効果についての解説が、ディレクターの言葉を通して『左利きのエレン』で試みられていますが、島耕作シリーズで同じ話題で議論させてみたいものです。ちなみに、島耕作が働く「ハツシバ」はパナソニック(旧社名:松下電器)がモデルです。この名前そのものは「東芝」から連想されているでしょうが、作者の弘兼氏が松下電器の社員であったこともよく知られている事実です。

島耕作がやがて会長にまで上り詰めることを現在の読者である我々は知っていますが、彼はさまざまな苦難・困難を周囲の人たちの助けを借りてうまく解決してきました。そのスマートさは「現実離れ」していて、少なからず反発も招いていますが、それでも島耕作シリーズは国民的サラリーマンマンガであると言ってよいでしょう。なぜそこまで多くの人たちにこのキャラクターは愛されたのか? 

最初に取り上げた『宮本から君へ』は、まさにこの島耕作のアンチテーゼとして書かれたそうです。作者がそのように発言もしていますし、実際に当時からそのように読まれていました。

・宮本浩は暑苦しいけれども、島耕作はさわやかに問題解決できる。
・宮本浩はリアルで嫌悪を呼ぶけれども、島耕作はそもそもファンタジーとして理解される。

当時、評論家の佐高信氏がその著作で、『宮本から君へ』と『課長・島耕作』を取り上げて、前著のリアルさと比べて島耕作の絵空事は脳みそが腐る云々という吐き捨て方をしていましたが、そもそもそれぞれの作者がそのような狙いで書いてるものなので、乱暴な言葉は的を得てはいませんが、島耕作にはリアルさがないのは同感でもありました。

同様に社長にまで出世する矢島金太郎と比べて、島耕作の成したことを振り返ってみると、金太郎ほど荒唐無稽でもないけれども、そもそも周囲の誰か(往々にして女性であることが重要だったりする)の助けが解決のきっかけとなるので、「島耕作の力じゃないじゃん」ということがあまりに多いのではという疑問も拭えません。

もう少し、物語を確認しましょう。
主人公を引き立てるために、今野(こんの)という悪役キャラが登場するのですが、これが典型的な雑魚キャラでもあります。が、同時に一人の社会人として読み直すとそうとう物悲しいキャラクターでもあります。

登場人物でもうひとり重要なのは、社長になる中沢部長。この中沢部長は島耕作以上に読者から愛されてるキャラクターではないでしょうか。ぼく個人も、誰か一人選べと言われれば彼を選びます。大組織の中の「一匹狼」として設定され、取締役末席から35人のごぼう抜きで社長に指名されるわけですが、社長に指名される際に前任大泉社長から諭されるセリフが印象的でした。

大泉が「その背広はいくらした?」と聞きます。
中沢は「デパートの既製品売り場で・・・10万円前後・・・」
と答えると、
「明日にでも銀座の一流店を紹介する せめて100万円くらいのスーツを着てくれ。」と大泉が言い、自分の腕時計を外してプレゼントします。

すると、中沢は
「お言葉ですが大泉社長、私はそういう形で社長としても風格を付けようとは思いません。」
と言う。

すると同席していた木野会長が
「これからは世界が舞台だ。キミの高潔な考え方は残念ながら世界の社交界では通用しない。握手をする際の手元も見られる。・・・相手に甘く見られるぞ、甘く見られるというより困惑させることにもなる・・・。」

大泉も「・・・これからは キミはキミであると同時にハツシバそのものでもあるんだ。」

と話す場面。

100万円という金額はともかく、身だしなみ、外見はやはり重要です。第一印象で商談の何割かは決まるみたいな講釈も、インターネット時代になってもなくなりません。

しかし、
このセリフに社会人として生きていく真実が集約されているのでは、と思うのです。また、時代が変わろうとも、我々の社会のルールが変わらない限り、それはこれからも変わりえないヒミツなのではないかと思います。
前述していることを改めて繰り返すと、
「社会人になるということの本質は、人の気持ちを慮ること、思いやりを持つこと、気くばりできることを学んでいくということでもあります。」
ということです。違う言葉を使えば、「関わる人たちがその人を作っていく」とか「立場が改めて人格を作っていくのだ」等と語られることでもあります。

もうひとつ、大きく変化していることがあります。
矢島金太郎にしろ島耕作にしろ、一つの会社(企業グループ)で出世するというモデルになっていますが、すでにそういう考え方が通用する社会ではなくなっています。おそらく世代間格差もあるでしょうが、そんなことを声高に語るのは「老害」と呼ばれる50代以上の大人たちだけなのではないでしょうか。

『左利きのエレン』では明快にその背景も反映していて、主人公の朝倉光一も「現在」は目黒広告社という会社を創業して独立していると語られています。

まとめに代えて

佐野元春が「♪つまらない大人にはなりたくない」(ガラスのジェネレーション)と歌い、尾崎豊は「♪早く自由になりたかった」(卒業)「♪自由になりたくないかい!」と叫びました。尾崎豊が亡くなったのは、1992年のこと。青春期を終えてから、ようやく社会人生活が始まるのだとしたら、それは素直に一直線でつながってるものではないかもしれません。でも、進む道は地続き。迷路に進んだとしても、確かに道はつながっている。が、彼は大人にならずに世を去ってしまいました。

今回、特に『宮本から君へ』をピックアップしたことにこだわりながらまとめてみました。ここで最後に尾崎豊の名を挙げるのも宮本は尾崎なのかもしれないし、『左利きのエレン』に出てくる朝倉光一も尾崎なのかもしれない、との発想によります。

もう一つ。幾つかのマンガを読み直しながら、気がついたこと。働き方が変わる、と言っても、環境は変わるとしても働くことの本質は30年を振り返ってみてもやはり大きくは変わっていないな、ということでした。

GW期間です。ご興味持っていただけたら、ピックアップしました作品に手を伸ばしてみてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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