これからのWebの作られ方を展望するために、Webディレクターという仕事を振り返る

筆者は、1998年頃にWebディレクターという職業に就きました。当時は、何をするヒト? と訝られました。幼稚園児だった長女が、「パパの仕事はパソコン!」と元気な声で紹介してくれたことをいまでもはっきりと覚えています。
インタビューを通して、複数のWeb制作会社さまのプロジェクト管理のあり方をお聞きしていて、Webディレクション術というものも取り上げておこうと考えましたので、今回はその端緒にWebディレクションの変遷(Webの作られ方)を追いかけてみます。

Windows 95が発売され、一製品であるにも関わらずこれが社会的なイベントのように喧伝されたことを覚えているひとはどれくらいいるのでしょうか? この騒動を境に「パソコン」というものが当たり前に家庭に備わるようになったという点では、間違いなくそれは「革命的」でもありました。当時のぼくは、パソコンと同時にインターネットに強く惹かれ、これを生業にしようと独学でHTMLを覚えて実際にサイト制作を始めたのでした。一番最初に作ったのは、ある本屋さんのサイトでもあり、当時はブログなどという言葉もサービスもありませんでしたが、ごく個人的な「Book&Macintosh」というWebサイトです。(もちろん、それぞれいまは存在していません)
余談ですが、ちょうど青空文庫を作られる以前の富田倫生さんがこのサイトを発見してくれていて、メッセージをいただいたことも忘れられない出来事でよく覚えています。お亡くなりになったというニュースを見た際は、とても悲しかったです。改めて、ご冥福をお祈りします。

Webディレクターになる(おそらく町内唯一!)

やがて、98年頃に、とあるメディア企業のWeb推進チームという部署に所属することになり、WebデザイナーではなくWebディレクターと呼称するようになりました。以来、現在に至るまでほとんど自分ではデザイン(レイアウト)作業はしなくなりました(そもそもデザイナーではまったくないので)。
なお、この当時のWeb技術というのは、まだ非常にチープなもので、ロールオーバーアクションをデモでお見せするだけで「おお!」と感嘆の声があがり、さすが●●さんだね〜、と賞賛の言葉をいただいたのも一度や二度ではありません。Webディレクターという職業に就いているのはおそらく町内でぼく一人だけだったと言っても過言ではない時期でした。

現在、ぼくは主にWebマーケターを名乗っています。毎年幾つかのサイトディレクションも相変わらず続けてはいますが、仕事の主軸はWebマーケティングにシフトさせました。ディレクションの技術だけを比べてみても、20年もの期間の幅がありますので、その当時といまとではそもそも考える材料も比べ物にならないくらい増えていますし、学術的に定まっている要素も多々あります。
そんなテクニカルな比較も興味がありますが、今回は、以下、ANAのサイトを例にWebの作られ方を振り返りましょう。

ANA(ana.co.jp)のWebサイトをインターネット・アーカイブで遡る

 

一番古いデータは、1995年。英語版のデータが見つかります。

残念ながら、インターネットアーカイブでは2004年以前は正しく表示されませんでした。

2004年のANAのサイト


この2004年のサイトを見ると、よくわかりませんが、ANAのWebサイトは随分初期の頃からネットからの予約を進めていて、当時から感心していました。
この当時は、まだメインイメージにFlash技術が使われていたことが特徴的でもあったのですが、ANAのサイトではそうしたクリエイティブ色は感じられません。
この当時の「クリエイティブディレクション」とは、どうかっこよくFlashムービーを作るかが重要なカギでした。2004年くらいの、個人的な印象を付記すると、Flashの演出はかなり早い段階で、言葉は悪いけれども「飽きて」、後にAjaxと呼ばれることになるjavaScriptで同じ(ような)動きを実現させることに腐心していました。一言で言えば、かなり面倒くさいので、デザイナーさんやエンジニアからちょっと嫌がられていた時期でした。

2011年のANAのサイト


2011年の画面では、ほぼ現在につながるテイストが確認できます。2カラムデザインです。
はっきりと「予約」が打ち出されていますね。

2016年のANAのサイト


2016年になると、フルスクリーンページに変更されており、フルスクリーンであるばかりでなくより画像を印象づけるデザインがなされています。

しかし、この3例だけでは、大きな視点が抜けています。
Webデザインの現場は、スマホの登場で大きく変わったことは言うまでもありません。

– パソコンからスマホへ
– テキストから画像へ
– さらに動画へ
クリエイティブの幅も大きく拡大をしてきています。

クリエイティブの「質」を担保するための考え

ディレクターが管理すべきクリエイティブの「質」も気になります。
常になんでもできるスーパーマンが求められるわけでもありません。
改めて思うのは、ユーザーの「感情を動かす」ものであるか、ということではないでしょうか? ぼく自身はその点に常に心を砕いていたように感じています。
独りよがりなクリエイティブを目撃するときには、「もったいないなぁ」「残念だなぁ」と現在でも思うのです。

とはいえ、一般的にディレクター職にある人たちは忙しい毎日を送っているはず。
ぼく自身、30代はまるまるWebディレクター(プロデューサー)として過ごしました。朝早く出て終電で帰るという生活をぼくもしていました。
いまでは考えられないなぁと思いますが、仕事そのものは楽しかったしインターネットの世界もどんどん進化していきその動きと並走してきたという実感も強く持っています。

ここで、3つだけWebディレクターのための心得を挙げておきましょう。

それはなんのためのサイトか。そのサイトでなにが達成されるか

いちばん大事なのは、サイトの「目的」を明確に持っておくこと。クライアントの要望というものが原初の設定であっても、Webのプロとしての視点からそれをより最適な方向へ導くのはディレクターの役割です。

クライアントの要望がどこにあるか

そして、クライアントの要望をきちんと汲み取ること。特に、Web制作の初期の頃はなんのために作るかわからずに依頼をするクライアントばかりでした。やりたいことと手段が一致していないのは、他の業界でもよくあることです。プロとしての矜持がどこにあるのか、自らに問うことは大事なことではないでしょうか。

代替案がない反対はなにも解決しない

「なんか違うんだよな」もよくあるかもしれませんが、きちんと代替案がないならば解決はできません。そのために存分に知恵を使うこと、勉強すること。
技術が足りないならそれを補うべく習得すること。知識が浅いならしっかり学ぶこと。

まとめに変えて

ぼくは、自分でWebサイトを作りはじめたころからずっと大事にしているポリシーがあります。Webも読み物である、ということです。最近は、動画コンテンツが活況ですが、それでも多くのWebマガジンやオウンドメディアが乱立し読み物としてのWebはまだまだ健在です。数年前にある調査で、活字離れと言われている若年層が実はかつてよりもはるかに多く活字に触れていることがわかった、なんて報道もあったほどです。情報過多社会と言われ、フェイクニュースが云々される時代ではありますが、情報リテラシーという言葉に頼らずとも自分に必要な情報の取捨選択が大切だということは誰でもわかります。一方、そのための手助けをするのが発信者である我々メディア側の人間だということでもあります。
それは、多くのWebディレクターの行動指針となるべきものかもしれないと思うのです。

Webデザインの潮流も大きく変わり、新しい技術と併せながらWebの世界そのものがどんどん広がってきましたしこれからも変わっていくでしょう。その技術の面からもあるいはマーケティングの側面からも、もちろんテクニカルな職人的なデザインの面からも、ディレクターという仕事が果たす役割は重要だと思うのです。
ということで、すべてのディレクターのみなさん、引き続き奮闘ください。

事例に学ぶ

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言います。ビジネスについても同じことが言えるでしょう。
他の企業の戦略や取り組みを分析し、そこから抽出した要素を組織に取り入れてみることで、あなたのビジネスを成功に導く鍵が見つかるかもしれません。

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